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Guicho Zurdo:千年帝国の野望~「Hearts of Iron・Ⅱ」のリプレイ(その21) 

経緯はコチラ

あまり役に立たないガイドブック:「千年帝国の歩き方


猫ポンセの帰還~2008年5月19日

―――ベルリン・ぎ印ドイツ帝国総統官邸

果たしてここに戻ってきたのは正しかったのだろうか。もし、このすべてが罠だとしたら…。

ぎ印ドイツ帝国の総統、Guicho Zurdoが君臨するその総統官邸の長い長い廊下を歩きながら、かつての黒猫ポンセ、今は“もうひとつのドイツ”で総統補佐官カール・ポテンテを名乗るその猫は、今さらになってどす黒い不安に駆られるのだった。
彼がここに戻ってきた理由はただひとつ。あの忌まわしいかつての主人Guicho Zurdoから、「HoI2のリプレイ・ザッピング戦争」休戦の申し入れがあったからである。この不毛なるリプレイ戦争はお互いネタの手詰まりにより、去年の夏前から事実上休戦に等しい状況ではあったのだが、正式に協定を結んだわけではない。再開しようと思えばいつでもそうすることはできるのだ。しかし、この行き当たりばったりなサイドストーリーに翻弄されながら書き続けるリプレイ作業は、ポテンテにとってはこの上なく苦痛であり、また折りしもセーブ・データがまたもや電子の藻屑と消えてしまったのである。リプレイ再開するにせよ、原状回復に至らすにはまた長い時間をかけなくてはならない。今このタイミングで閣下にリプレイ再開されてしまってはたまったものではないのだ。なのでポテンテにとって、この休戦の申し入れは願ってもない好機ではあるのだ。だがしかし…。
カール・ポテンテのその不安感は、これから接見に向かう先の相手、Guicho Zurdoその人にあった。ポテンテは自分がかつて仕えた男の悪党ぶりを忘れたわけではない。否、閣下の定見のなさに呆れ果て出奔した以降も、ぎ印からの回し者による度重なる「沸騰ネタ」の嫌がらせには散々な目に遭っている。忘れようにも忘れられるわけがないのだ。そんな相手が突然「休戦」を口にしたのである。ポテンテの抱く不安感も決して無理からぬものであった。…もっと疑うべきだったのだろうか。いや、慎重さを欠いたつもりはないのだが…。
それでもポテンテがGuicho Zurdoの言葉に応じることにしたのは、彼が総統閣下のもうひとつの側面もまた知っていたからである。夜な夜な某三国チャットで見る総統閣下、そこに悪党の翳は微塵も伺えない。いや、むしろお人好しと言ってもいいくらいだ。某三国チャットにおける総統閣下は、ろくでもない朝鮮人にすらソフトな口調で語りかける好々爺なのである。総統閣下の執務室へと続く陰気な廊下を歩きながら、ポテンテはGuicho Zurdoからの電話の声を振り返っていた。

(ポンセよ、今のわしにはお前の力が必要なのだ…)

そのぎ印ドイツ帝国総統の声はいつになく真摯であり、どこか切迫したものがあった。…何かのっぴきならない事情でも差し迫っているのだろうか。
ポテンテはふと、自分の右三歩先を歩く護衛、ヴィルヘルミーナ・アンナ・クルマン少尉の逞しい後姿を見上げた。“枠”という通り名を持つこの女士官は、肩を怒らせながらのっしのっしと歩いている。…枠を連れて来たのは正解だったな。いかな悪辣な総統閣下とて、この人間兵器を前に何かしでかそうなどと無謀な挙にも出まい…。
ポテンテは全身是兵器の護衛の存在に強く勇気付けられるのだった。何かあれば枠が黙ってはいない。大丈夫だ。大丈夫だ…。詰所のSSは有無を言わさず枠少尉のルガー拳銃を没収したが、この屈強なる女士官にとっては拳銃などオプションに過ぎない。殊に彼女は近接格闘の専門家なのである。その大きな拳の瞬発力は時にルガー拳銃をも凌駕するのだ。ポテンテは少尉の隆々とした背中に薄っすらと微笑みかけると、大いなる安堵感をもってその後ろに付き従うのであった。
やがて、ぎ印ドイツ帝国総統Guicho Zurdoの執務室の前にたどり着いたポテンテは、ひとつ呼吸を置き、扉を控えめにノックした。
「どこの馬の骨だ」
部屋の中からがなり声が響いた。こういうところは相変わらずだな。私が来ることは知らないわけなかろうに…。ため息を押し殺しつつ、ポテンテは扉の向こうの部屋の主に呼びかけた。
「残念ながら猫の骨です。閣下、ポテンテです。カール・ポテンテ」
「そんな奴は知らねえ」
ポテンテはかすかな苛立ちを覚えながらも、穏やかに訂正した。
「失礼しました。ポンセです。黒猫ポンセです」
部屋の中からうれしそうな声が弾けた。
「おうおうポンセか。それなら知っておる。よくぞ戻ってきたな。さあ入れ」
その声を受け、ポテンテは扉を引いた。…が、開かない。扉には鍵が掛かっていたのである。ポテンテは軽く舌打ちすると、部屋の主に声をかけた。
「閣下、鍵が掛かってます」
「うむ」
ポテンテは鍵が外される音をじっと待った。しかし、1分を過ぎても部屋の中の動きが感じられない。ポテンテは苛立ちを抑えつつ再び総統閣下に呼びかけた。
「鍵を開けて欲しいのですが」
部屋の中からクスクスという含み笑いが漏れた。
「なんだね、扉の鍵を開けて欲しかったのかね。ポンセ君、物事ははっきり言わんと伝わらんのう」
独裁者め、わかってて言ってやがる!ポテンテは怒りゲージのメーターが急速に上昇するのを感じた。じりじりしながらさらに待つこと1分、ようやく扉の鍵がカチャリと外される音がした。ポテンテは腹立ち紛れに勢いよく扉を引いた。が、扉は20センチほど開いたところでがくんと止まり、力任せに引いたポテンテは肩が抜けそうになった。…扉にはチェーンロックも掛かっていたのである。
「閣下!どうせならチェーンロックも外していただきたいんですがね!」
部屋の中からGuicho Zurdoの哄笑が響いた。
「おやおや猫のクセにそれくらいの隙間、通れそうなもんじゃがのう。ポンセには通れんのか。情けないのう。情けないのう」
今や激昂のポテンテが何か言い返そうとしたその時、傍らの枠少尉がそっとポテンテを押しとどめた。そして次の瞬間、彼女はその巨大な軍靴で扉に強烈な蹴りを叩き込むのだった。
枠少尉の一閃により、扉は本来開くべき向きとは逆の方向へ激しい勢いで開き、ポテンテの進入を阻んだチェーンロックを吹き飛ばすのみならず、勢い余って扉を支える蝶番のひとつをも破壊に至らしめるのだった。開閉の限界点を超えて開いた扉は残された蝶番を支えにしばらく揺れていたが、やがてその重みに耐え切れなくなり、蝶番ごと柱から離れ、部屋の中へと倒れ込むのだった。
倒れた扉の風圧に煽られ、部屋の埃やら書類やらが舞い上がった。そのもうもうたる埃の向こうで、偉大なるぎ印ドイツ帝国の総統閣下が、横溝正史の「八つ墓村」を手に社長椅子にふんぞり返っているのが見えた。破壊された扉を一瞥した総統閣下はニヤニヤしながら言った。
「扉とは普通、開けるものじゃがの。お前のとこではどうやら蹴破るようじゃ。乱暴じゃのう」
ポテンテは倒れた扉を踏み鳴らしながら、ふんぞり返る独裁者の元に詰め寄った。
「挑発したのはあなたでしょ」
「それに乗るか乗らないかで度量がわかるというものじゃ」
ポテンテはその言葉を無視し、周囲を見回しながら聞いた。
「ゴルビはどこです?」
「そんな奴は知らねえ」
「あなたの飼ってる犬ですよ」
「犬めは南オセチアに旅立っておる」
「南オセチア?」
「わしのお使いじゃ。いずれにせよ、お前は犬めに用があってここに来たわけではあるまい」
「ええ、あなたの言う『休戦協定』とやらに応じるために来たのですがね、どうやらそんなつもりはなかったようで。もう帰ります。さようなら」
Guicho Zurdoは「八つ墓村」をデスクに置くと、大仰に手を開きながらポテンテを引き止めた。
「休戦協定は本当じゃよ。お前もその方が都合がよかろうて」
「それにしては随分なご歓迎ですな」
総統閣下はポテンテの嫌味に応える代わりに、猫の傍らにそびえ立つ巨躯の女士官を指差した。
「そのゲルググは何か」
「モビルスーツじゃありませんよ」
己がスペードのエースの正体をこの独裁者に晒すは大いに躊躇いがあったものの、ここに連れて来てしまった以上、既に手の内を見せたも同然であった。仕方なしに、ポテンテは続けた。
「…彼女は、私の護衛です」
ほう、猫めの守護神とはこいつなのか…。そんな肚の内など露とも見せず、偉大なる総統閣下は黒猫の守護神に向かって穏やかに語りかけるのだった。
「そこの凱旋門、もう少し脇に寄りなさい。そこに立たれると部屋が暗くなるでの」
この凶暴な少尉殿に向かってゲルググだの凱旋門だのと言う総統閣下に、ポテンテは戦慄した。枠の手がパーからグーに変わるのを視界の端で捉えたポテンテはさらに凍りつくが、それ以上のことはなく、恐怖の護衛官は静かに脇に寄るのみであった。安堵のため息を押し殺すポテンテに、総統の言葉が覆い被さった。
「さてポンセ君。本題に入ろう。わしが休戦協定を持ちかけたのはだな…」
「あ、はい」
「…わしがアメリカに行くからじゃ」


遥かなるハリウッド~2008年5月19日

「………唐突に何ですか。それにアメリカといっても広い。どこへ行くんです?」
「カリフォルニア州」
「ロサンゼルス?サンフランシスコ?サンディエゴ?それとも?」
「ロサンゼルス。さらに言えばハリウッド」
「………まさか映画に出るとか言うんじゃないでしょうね」
「なんでわしが映画に出なきゃならんのじゃ。撮りもせんわい。わしは作るだけじゃ」
「は?」
「わしはこれからハリウッドで映画会社を経営する。で、犬めがお出かけしてるのでお前がわしの秘書。だから休戦。そういうことじゃ」
「…閣下、私は今あなたの大好きな言葉を思い出してます」
「♪それは何かと尋ねたらー」
「『寝言は寝て言え』です。休戦の申し出は受け入れますが、私はあなたの夢枕に付き合うほど暇ではない」
踵を返して去ろうとするポテンテを、Guicho Zurdoは机をガサゴソとかき回しながら呼び止めた。
「待たんか。わしは寝言を言ってるわけではないわい。ちゃんと映画会社が経営できるんじゃよ。ホレ」
総統閣下が机の奥から取り出したのは、青いパッケージのゲームソフトであった。
「ゴッドゲームの始祖、ピーター・モリニューが贈る『The Movies』じゃ」
ポテンテはその箱を一瞥すると、興味なさそうに再び背を向けた。
「ま、そんなとこでしょうな。それ知ってますよ。昔あなたがルカシェンコだのティモシェンコだの作ってゲヒゲヒ喜んでたやつでしょ。あいにく私はキャラ作りなんぞには興味がない。おひとりで遊ぶがよろしい」
「何を言う。スター・メーカーはオプションのオプションに過ぎんわい。メインは映画スタジオの経営シムじゃ。わしは映画会社の経営者になって、広大な敷地にセットやら映画製作に付随する施設やらアイテムやらを好きなように配置し、わしだけの映画スタジオを作るんじゃ。専属の俳優やら監督やらを一流に育て、各種諸々スタッフを雇い、脚本を書かせ、わしスタジオ謹製の映画を作らせるんじゃ。しかも完成したそのちょっとした映画はだな、鑑賞も可能でしかもwmvファイルとして出力もできるんじゃ」
ポテンテが振り返り、総統閣下の熱弁を遮った。
「“ちょっとした”がかなり引っかかるんですがね。所詮ゲームでしょ。よもや2時間超の大作ができるわけもありますまい。どうせお仕着せのモーションで組み合わせた1~2分程度の“映画もどき”がいいとこだ。劇中劇なんぞに期待するものはありません」
「よくわかったな」
「わかりますよ!」
「だがな、お仕着せとはいえそのカットシーン、カメラアングル、あるいはモーションの選択肢は相当数が用意されておる。加えて小道具や衣装もいくらでも差し替え可能じゃ。腕次第でそれなりな作品もできようて」
総統閣下は肩をすくめ、さらに続けた。
「とはいえまあ、凝ったオリジナル映画作りはわしの目的ではないからの。わしが情熱を傾ける先はあくまでもスタジオ経営の部分じゃ。わしはわしの会社を1920年から2005年に至る85年の間に、よそのスタジオを出し抜きつつ最強の映画会社に育て上げてやるんじゃ」
それでもポテンテはどこまでも冷ややかであった。
「そうですか。閣下のご健闘を切に願ってやみません。さて、私は忙しいのでこれで…」
その時、今まで黙っていた枠少尉が傍らから総統閣下のデスクに身を乗り出し、言った。
「面白そうじゃないか。乗ってやってもいい」
ポテンテが叫んだ。
「枠!」
総統閣下は実にうれしそうに枠少尉を見上げた。
「うむ、さすが大きな凱旋門じゃ。おおらかじゃのう。おおらかじゃのう。小さい猫めとは大違いじゃ」
ポテンテは腕をぶんぶん振りながら訴えるのだった。
「枠!何考えてるんだ。閣下がこういうシムをまともにプレイするわけないだろ!またろくでもない条件立てて冥府魔道を突き進むに決まってるんだ。やめとけって。疲れるだけだぞ」
偉大なる総統閣下はニヤニヤしながら両の指を組み合わせ、言った。
「さてポンセ君、現実的な話をしようかの。わしの計画に乗らない場合、お前は否が応でもHoI2のリプレイに戻るほかない。しかしセーブデータを遺失させてもうた以上、原状回復は時間がかかるし、また同じ道を辿らにゃならんのも今は億劫じゃ。だもんでお前は気分転換にこの凱旋門とルーマニアだかフィンランドへの逃避行を目論んでおるが、さりとてそのリプレイ書くに至るまでもまた時間が必要じゃ。おおそうとも、わしは知っておるのだ。お前がルーマニアに行こうとしてるのもフィンランドに行こうとしてるのもわしは全部知っておるのだ。ポンセよ、わしは何でも知ってるのじゃ。なぜわしがここまで何でも知っているのかお前に教えてやろう。それはな、わしが『パパは何でも知っている』のパパよりも何でも知っているからなんじゃ。わかったか」
カール・ポテンテの屈辱は、ルーマニアやフィンランドの件を知られていることよりも、「『パパは何でも知っている』のパパよりも何でも知っている」を最後まで言わせてしまったことにあった。…しかし、閣下の言っていることは間違ってはいない。HoI2だけでなく、書くべきことが山積している今のポテンテには確かに時間が必要なのだ。それも多くの時間が…。
ポテンテはニコニコ顔の枠少尉を一瞥すると、それから偉大なる総統閣下に向き直り、言った。
「わかりました。その話、受けましょう。ただし、ひとつお聞きしたいことがある…」
Guicho Zurdoが生まれながらの独裁者であるなら、カール・ポテンテもまた生まれついての交渉人なのである。譲歩のみに甘んじるは交渉人としての面子が立たぬ。ポテンテはこれを取り引きの機会と捉えるのだった。彼は大柄な護衛を手で指し示しながら言った。
「…私はこうして手持ちのカードを晒したわけですが、…あなたのカードは何です?」
「犬めは南オセチアじゃ」
「ゴルビのことではありません。あなたが私の元に送り込んだ刺客ですよ。あれは誰です?」
「刺客とな。物騒じゃのう」
他人事のように言う総統閣下を、ポテンテは華麗にスルーした。
「ひとりは既に割った。だがもうひとりがわからない。…私の冷蔵庫に『沸騰ポンテギとろみ付き』を仕込んだ奴です。そいつは誰なんです?」
「知らんのう」
「あなたが知らぬわけがない。あれのせいで私はお引越しをするハメになったんだ。いったい誰がやったんです?」
それでもGuicho Zurdoはのらりくらりと追求をかわすのだった。
「知らぬものは知らんわい。なあポンセよ、夜な夜な三国チャットで見かけようとも、わしがまだまだ朝鮮素人なのはお前もよく知っておろうて」
「…ええ」
「そんなわしがポンテギだかチンポギだか知らんが、そんなわけのわからん朝鮮アイテム使うような指示など出すかね?」
「あなたの命令以外にないでしょ」
「わしの命令という確たる証拠はあるかのね?」
「…ありません」
「ではそういうことじゃ」
生まれついての交渉人は、生まれながらの独裁者には勝てぬことを身をもって知るポテンテなのであった。失意の黒猫をよそに、総統閣下は陽気に言った。
「さて各々方、準備はよろしいかな?」
黒猫はどんよりとした面持ちで聞き返した。
「閣下にノーマルなプレイを期待するは高望みというものなんでしょうな…」
総統閣下はにんまりと微笑んだ。
「なあに、どうということはない。今回のルールは超簡単。ゲームは本編+拡張版の『Stunts & Effects』で進行。スタジオの関連スタッフはその限りではないが、所属の俳優、監督の人数は常に必要最小限度。で、製作する映画は常にアクション映画。アクション映画のみ。それ以外は認めん。コメディもSFもホラーもやらん。ロマンス映画なんぞ論外じゃ。それから、脚本には一切手を加えん。撮影された映画も同様、切り貼り改変は無用。編集なし。つまり、すべてはAIどものセンスに委ねられるということじゃ」
「…つまり、85年間ずっとデフォで作られるアクション映画のみをリリースするおつもりで?」
「その通り♪」
黒猫のはるか斜め上で、大柄な護衛の瞳がきらーんと輝いた。
「ってことは『ナバロンの要塞』とか『ランボー』とか『ダイハード』みたいのを次々と作るんだな」
「うむ。楽しげじゃろ」
「キャーキャー♪」
…わかってない。枠はわかってない。映画の歴史にはその時の流行り廃りがあることを。つぶしの効かぬ一本路線がどんなに無謀なことかを…。諦観の黒猫に、もはやこのふたりを制する気力はなかった。…それにしても、枠は何をこんなにはしゃいでいるのか。この独裁者にいったい何を期待しているのだろうか…。総統閣下の声がポテンテを現実に引き戻した。
「さて諸君、はじめようかの」
偉大なる総統閣下はそう言うと、デスクトップのアイコンを高らかにクリックするのであった。


つづく。

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Guicho Zurdo:千年帝国の野望~「Hearts of Iron・Ⅱ」のリプレイ(その20) 

経過はコチラ

あまり役に立たないガイドブック:「千年帝国の歩き方

※書いた本人記憶あいまいにつき、結局すべて読み直すハメになったというw


毛ガニ村コーリング~2008年5月4日(黒猫暦:2008年4月23日

クックックック…。

「黒猫ポンセの近況調査書」


国家保安本部長ゴルビ犬からの報告書を静かに閉じたぎ印ドイツ帝国総統Guicho Zurdoは、デスクの上で両の手指を組むと、なんとも腹黒い忍び笑いを漏らすのであった。
しばらく報告書の表紙をニヤニヤしながら眺めていたGuicho Zurdoは、それから社長椅子をくるんと回転させ席を立つと、あごをさすりつつ乱雑なデスクの周りを往復しはじめるのだった。それは、何か思案を巡らす時の彼の癖であった。偉大なる総統閣下はじっと座って考えることを苦手とするのである。やがて妙案を思いついたこの小さな独裁者は、眼鏡の奥のつぶらな瞳をきらーんと輝かせた後、デスクの端の貧乏電話に手を伸ばすのだった。彼は交換手に横柄極まりない口調で自分の名を告げると、恐怖に震える交換手に向かってこう言うのであった。
「毛ガニ村へ繋げ」
受話器の向こうの虚ろな呼び出し音を聞きながら、Guicho Zurdoは再びデスクの報告書に目をやり、考えた。最後に猫めに電話したのはいつだったかの…。
それはずっとずっと遠い過去のように思われた。ふむ、去年の夏あたりか…。いずれにせよ、ずいぶんご無沙汰じゃ。猫め、プログレ三昧の生活を享受しおってからに生意気な奴じゃ。
黒猫ポンセはまだ電話に出なかった。そもそもが電話嫌いの総統閣下、いつもであれば10コールも待たぬうちに切ってしまうのだが、何かよからぬ企みがある時はその限りではない。彼はひたすら待った。そしてついに呼び出し音が途切れ、しばしの後、黒猫ポンセの眠そうな声が受話器の向こうから届いた。偉大なる総統閣下は芝居気たっぷりに、かつての腹心に呼びかけるのだった。
「メロトロンなんぞにうつつを抜かしとる場合ではないぞ。ポンセよ、今すぐ帰って来い。わしはお前と休戦協定を結ぶ用意がある…」


つづく。

Guicho Zurdo:千年帝国の野望~「Hearts of Iron・Ⅱ」のリプレイ(その19) 

経過はコチラ

焼け石に水のガイドブック:「千年帝国の歩き方

※伏線を 張れば張るほど 墓穴かな


スフィンクスの憂鬱~黒猫暦:1941年1月7日

“もうひとつのドイツ”のゲシュタポ長官、ハインリヒ・ミュラー。彼は今、ゲシュタポ本部最上階にある執務室の窓から、夜の帳の下りたプリンツ・アルブレヒトの街の灯りを静かに眺めているのだった。“スフィンクス”と揶揄されるその無表情から心の内を推し測ることはできなかったが、ミュラーの胸中は決して穏やかなものではなかった。彼の誇る秘密国家警察が、得体の知れぬ流れ者同然の虎に完膚なきまでにコケにされたのである。警察マンとしての長いキャリアの中で、これほどまでの失敗をミュラーは経験したことがなかった。まったく、恥晒しもいいとこではないか。いったいどうしてくれよう…。
とはいえ、ミュラーはもぬけの殻のホテルを1週間以上も監視していたふたりの部下を叱責する気にはなれなかった。失態を言うのであれば、ミュラーもまた同じなのである。彼は1週間前の夜の、feti虎教授とのやりとりの一端を振り返った。

「…お留守の間に、荷物を検めさせてもらった」
「不審な物でも出てきました?」
「不審な物は何も。…だが、不思議な物はありましたな。あれは何です?」
「それももう調査済みでなくて?」
「もちろん調べました」
「なら問題ないことはおわかりのはずです。お調べになられた通りの物で、お調べになられた通りの用途です」
「あんなに大量に?」
「あんなに大量にです」
「解せませんな」
「その方がお買い得なので…」


…漠然とした怪しさを感じた段階で手を打つべきだった。あの気持ちの悪い大量の朝鮮缶詰はすべて没収して然るべきだったのだ。そして教授はあの場で正式に身柄を拘束し、確実に自白へと導くはずの徹底的な尋問をすべきだったのだ。予防拘束である。理由付けなど後からどうとでもできたはずだ。…今さら遅いが。
ミュラーはため息を押し殺しつつ窓から向き直り、ゆっくりとデスクまで戻った。しかし椅子には座らずそのままデスクに両手をついた秘密警察の長は、その向こうで身をこわばらせるふたりのゲシュタポ捜査官を上目遣いに見やると、抑揚のない静かな声で言うのだった。
「虎が網にかからんそうだな」
ショコラとモンブラン。ゲシュタポ・ミュラーの忠実なるふたりの部下は、叱責を予期し居心地悪そうにもじもじと身体を動した。ミュラーはそれを見取ると、彼らを責める意思がないことを示すように片手を上げ、続けた。
「恐らくもうベルリンにはおるまい。われわれがこれから考えねばならんのは、奴がどこへ向かい、今どこにいるのかだ」
ミュラーはデスクに広げられた地図に目を向けると、もうひとつのベルリンを基点とした東西南北の各方面に視線を素早く巡らせ、しばし沈思した。…まさか内陸方面には向かうまい。無難に海路で脱出するが賢明というものだ。大方、一見無害な漁船にでも乗り込んでどこぞへと向かう算段なのだろう。ベルリンから一番近い港湾ならシュテティンになるが、その場合はオーデル川に沿って湾を抜け、バルト海へと出る形だ。時間的には早いが、湾を抜ける前に封鎖・包囲の危険も大きい。考えにくいな。かといって北西のキールまでは遠過ぎる…。となると、ロストク―リューベック間の港のどれかということになろう…。
ここでミュラーは、feti虎教授がアドロン、ケンピンスキーというベルリンの二大高級ホテルの高級部屋を根城にしていた事実を思い出すのだった。その趣味からするとだ…。ミュラーは彷徨わせていた視線をリューベック北部に位置する海沿いの高級保養地、トラヴェミュンデに留めた。…ここだ。
ゲシュタポ・ミュラーは地図から顔を上げると、ふたりの部下に言った。
「トラヴェミュンデを中心にリューベック一帯のホテルを徹底的に洗え。特に4つ星以上のをだ」
そのボスの命令に、ショコラとモンブランは長靴の踵をかちんと鳴らして応えた。そしてソフト帽を手に踵を返すと、慌しくゲシュタポ長官の執務室から出て行くのだった。
ふたりの部下が去った後、ミュラーはデスクの端に置かれたカール・ポテンテ総統補佐官を襲った恐怖の品、ポンテギの缶詰をいまいましげに見やった。…あの黒猫が蚕まみれになろうが臭くなろうが知ったことではない。許すまじは、素人の虎がこの私をコケにしたという事実のみなのだ…。1919年にバイエルンの州警察に入って以来、ひたすら奉仕一筋だったハインリヒ・ミュラーは、はじめて私的な理由で権力の行使を決意したのだった。
その数分後、ふたりのゲシュタポを乗せた黒塗りのメルセデスが、リューベックはトラヴェミュンデを目指し、プリンツ・アルブレヒト街8番地のゲシュタポ本部を後にした。

同じ頃、feti虎教授はロストク西部に位置する海沿いの高級保養地、ハイリンゲンダムに到着した。


Heiligendamm~黒猫暦:1941年1月8日

お偉いさんたちが愛用するのもなるほどね。ふかふかベッド、ふっふ~♪。feti虎教授は満足の笑みを浮かべながら、朝陽に輝く豪華な保養施設を後にした。ロストクで一夜を明かすにあたり、一帯のホテルはゲシュタポの魔の手が及びかねないと踏んだ教授は、敵の懐に潜るが最善と判断し、あえて党幹部御用達であるハイリンゲンダムの保養施設を選んだのだった。もちろん、お手製の偽ゲシュタポ身分証を振りかざしての入館である。絵皿を改造して作ったそのインチキ身分証は、どうしようもないくらいのスペル・ミスも何のその、またもや堅気の衆に絶大なる効力を発揮した。恐怖に震え上がった保養施設の支配人は、疑念を抱く心の余裕などまるでなく、言われるままそそくさとfeti虎にバルト海に面した眺めのよい部屋を提供したのだった。
ハイリンゲンダムでの快適な一夜でリフレッシュしたfeti虎教授は今、ルンルン鼻歌混じりに自転車のギアを中速に切り替えると、ロストク空軍基地を目指し、海沿いの道路を朝陽を浴びながらのんびりと走り出すのだった。

朝を迎え、落ち着きを取り戻した保養施設の支配人は、昨夜突如現れた恐怖の訪問者についてようやくきちんと考えられるようになった。そもそもあのゲシュタポはいったい何の捜査でやってきたのだろう…。思い出せば思い出すほど、腑に落ちない点は増えていった。よくよく考えりゃあいつは何も調べてないし、張り込みも聞き込みもまるでしていない。豪華な部屋で一晩過ごして豪華な朝食を食べて金も払わず出て行った。それだけだ。…要するにあれは単なる無銭宿泊&飲食だったのである。畜生、ゲシュタポの野郎、バッジさえ振り回しゃ何でもタダだと思ってやがる。これからああいう手合いがじゃんじゃんやって来るようになるのだろうか。冗談ではない。いくら恐怖の秘密警察だからといって、無銭宿泊だの無銭飲食だのが許されていいはずがない。権力の横暴にも程がある。ここは選ばれた者のみが利用できる格調高い保養施設なのだ。下層出の棍棒野郎が寝泊りする穴倉ではないのだ。
妙な義憤に駆られた支配人は、ベルリンのゲシュタポ本部に苦情の申し立てをすることを決意した。なあに恐れることはない、こちとら党幹部連御用達の施設なんだ。ぐだぐだ言いやがったら党本部に訴えてやる…。
鼻息も荒くゲシュタポ本部にダイヤルした支配人の意気は、数分後には脆くも消沈した。「少々お待ちください」という受付嬢に代わって受話器の向こうに現れたのは、恐怖のゲシュタポ長官ハインリヒ・ミュラーその人であり、不貞のゲシュタポ捜査官の人相風袋や挙動について事細かに追及する冷ややかな抑揚のないその声は、支配人の背筋を昨夜以上に凍りつかせるに十分であった。

ゲシュタポ・ミュラーとの恐怖電話の1時間半後、ミュラー・ショックから未だ立ち直れない支配人の元に、今度は二人組のゲシュタポが直接乗り込んで来た。リューベック周辺で不眠不休の無駄な一夜を過ごす羽目になったこのふたりのゲシュタポ捜査官はすこぶる機嫌が悪く、ひどく汚れており、極めて粗暴に振る舞いながら支配人を問い質すのだった。
ミュラー長官の尋問に答えた内容を再び馬鹿丁寧に繰り返しながら支配人は、げんこつが背広を着たような男たちを前に、昨夜施設にやって来たゲシュタポが偽者であったことをその身をもって知るのであった。


華麗なるユソーキ野郎~黒猫暦:1941年1月8日

早く来てくれよ。あまり長居もできんでな…。オットー・デスロッホ中将は再び機内から滑走路に降り立ち、内心の苛立ちを抑えつつ、はるか後方を見やるのだった。左エンジンの調整を終えた副操縦士の中尉が将軍の脇に立つと、その視線の先を追いながら言った。
「来ますかねえ」
「来るさ」
私が見立てた通りの者ならな…。
「賭けますか?ビールでも」
「不謹慎だぞ中尉」
若い尉官をたしなめたその時、老将は視界の端に小さな移動物体を捉えるのだった。改めてそちらを向き直り、目を細めてその正体を確認した将軍は、にやりとしながらそれを中尉にあごで示し、言った。
「私の勝ちだな。基地に戻ったら奢ってもらうぞ」
「中将殿、さっきと言ってることが違います」
「覚えとけ若いの、飛行機乗りは臨機応変が旨だ。大尉!出発の準備を」
操縦席で待機していた大尉が親指をピッと立て、ぽんこつユンカースのエンジンを始動させんと、スターターと格闘をはじめた。何度目かのトライでようやくプロペラが回転をはじめた頃、Roverの自転車に乗ったfeti虎教授が輸送機のそばまでやって来た。デスロッホ中将は両手を広げ、にこやかにfeti虎を出迎えるのだった。
「お待ちしてましたぞ教授。こちらのベルリンはいかがでしたかな?」
feti虎も自転車から降りながらにこやかに答えた。
「ええ、“よい旅”になりましたわ」
その時デスロッホ中将は、はるか遠くで金網を突き破って滑走路に侵入する黒塗りのメルセデスを見た。老将は再びにやりとしながら言った。
「おやおや、ファンもできたようで」
老将の視線を追って後ろを振り向いたfeti虎は、猛然と追ってくるメルセデスを見て眉根を寄せた。
「あらら。人気者は辛いですね。行きましょうか」
手早く自転車と荷物を積み込み、feti虎教授と輸送機隊の面々は機内へと乗り込んだ。重い扉を閉めた頃、ようやくぽんこつユンカースが動き出した。
ふたりの怒れるゲシュタポを乗せた黒いメルセデスは、緩慢にスピードを上げるぽんこつユンカースに追いつくと、ぎりぎりまで横付けして並走した。助手席からモンブラン捜査官がソフト帽を抑えながら身を乗り出し、必死に機内の様子を伺おうとした。その努力に応えてやろうと、feti虎教授はガラスに顔をべたっとくっつけ、奇妙につぶれた顔面を今度は下にずらし、奇怪に歪めるのだった。そのあからさまな侮辱にモンブランは憤怒に顔を真っ赤にすると、車内に引っ込み、運転席のショコラ捜査官に向かってもっとスピードを上げろと怒鳴った。相棒の要請に応え、ショコラは歯を食いしばりながらさらにアクセルを踏み込んだ。メルセデスはぐんぐん加速し、やがてユンカースのコックピットの位置まで辿り着いた。モンブランは再び車内から身を乗り出すと、愛用のソフト帽が脱げ飛ぶも構わずワルサー拳銃をぶんぶん振り回しながら、パイロットに向かって機を止めろと激しく怒鳴った。操縦席の大尉は視界の端で何事かわめいているゲシュタポを一瞥すると、きびきびとした敬礼でそれに応え、ぽんこつ機を一気に加速させるのだった。ショコラ捜査官の奮闘も虚しく、輸送機は次第にメルセデスを引き離し、やがてその脇を走り抜けていった。
ぽんこつユンカースの車輪が陸地から離れる頃、全力疾走のメルセデスはついにエンジンのオーバーヒートを起こし、ボンネットの隙間からプスプスと黒煙を上げながら停止した。ふたりのゲシュタポ捜査官は力なく車から降りると、熱を帯びた車体に身をもたせながら、ロストク空軍基地から飛び去ろうとするJu-52機を恨めしそうに見送るのだった。
と、その時、輸送機は奇妙な動きをはじめた。機を大きく左に逸らしたかと思うと、今度は右回りに大きく旋回し、機首を再び滑走路に向けたのである。ショコラとモンブランは不思議そうに顔を見合すと、再び輸送機の動向に注目した。よく見ると、後部の扉が開いている。ふたりのゲシュタポ捜査官は、目を凝らしてその扉を注視した。彼らの位置からはfeti虎教授のニヤニヤ顔までは確認できなかったが、扉からのぞいたその手が大きなバケツを持っていることに気付いた。
超低空飛行のぽんこつユンカースがメルセデスの上を通り過ぎる少し手前で、feti虎はバケツごと手を離した。地上で目を凝らすふたりのゲシュタポが、自分たちに向かって降り注ぐバケツの中身の正体を知った時は既に手遅れだった。

恐怖の朝鮮アイテム「沸騰ポンテギとろみ付」を大量に浴び、メルセデスの周りを転げ回るゲシュタポどもを尻目に、feti虎教授を乗せたぽんこつユンカースは何処へと飛び去って行くのであった。

つづく。

Guicho Zurdo:千年帝国の野望~「Hearts of Iron・Ⅱ」のリプレイ(その18)  

経過はコチラ

焼け石に水のガイドブック:「千年帝国の歩き方(微妙に更新)

※リプレイはいったいどこへ逝ったのだという至極真っ当なご指摘について、今の私に答える術はないw


ゲシュタポ・feti虎~黒猫暦:1941年1月6日

もうひとつのドイツのゲシュタポ(秘密国家警察)長官、ハインリヒ・ミュラーとの対決から1週間後、feti虎教授はケンピンスキー・ホテルのプレシデンシャル・スイートに篭り、まる一日をかけて「カール・ポテンテ嫌がらせ作戦」の立案に費やした。直接攻撃は困難とわかった今、作戦はポテンテのアパートでの工作活動に絞られる。その具体的な内容はさほど時間をかけずしてまとまったが、問題はどうやってアパートに忍び込むかであった。feti虎教授はふかふか高級ベッドに寝そべりながら、長い時間熟考した。
屋上からロープを伝って降下するという方法は早々に却下された。教授は教授であって軍人はない。そんなスプリンター・セルもどきの手法を採ったところで、途中で手を滑らせて転落するか、下から発見されてパチンコ玉で尻を撃たれるかのどっちかだろう。チャーミングなお尻を危険な目に遭わすことだけは何としてでも避けねばならない。
では玄関の鍵をこじ開けての浸入はどうか。feti虎はサイドテーブルに置かれたバッグを漁り、ゴルビ犬から渡された「馬鹿でもよくわかるピッキング入門」という小冊子をパラパラとめくった。そこには先の折れ曲がったピンセットのような工具を用いての鍵の開け方が懇切馬鹿丁寧に解説されていた。なるほど、私でもできそうだ。…しかし、この支那の窃盗団的なやり方は私の性に合わん。それに侵入はともかくとして、出る時はどうやって鍵をかけ直すのか。feti虎は冊子をサイドテーブルに投げ出すと、仰向けになって天井で燦々と輝くシャンデリアをぼんやりと見つめた。

…そうだ。

アイディアは唐突に湧き上がる。feti虎教授はふかふかベッドからむくりと起きると、空き時間の暇つぶしにと持ってきた画材を広げ、銀メッキの施された金属製の絵皿を取り出し、宙に掲げ見た。大きさ的には手頃だろう。feti虎は絵皿を床に垂直に立たせて押さえると、工具箱から持ち出したハンマーでその淵をカンカンと叩きはじめた。時折ひしゃげた絵皿の裏を叩き調整しつつ、最終的にはそれをどうにか楕円形に近い形に整えることができた。その作業が終わると、今度は絵皿の底にペンで逆さ文字をていねいに書き入れ、ノミとハンマーでコツコツと書いた文字をなぞり打ちはじめるのだった。
文字の打ち出しが終わると、楕円形になった絵皿の端の部分をノミで打ち抜き、穴を開けた。そして仕上げに全体をやすりでざっとこすり、目的の品はついに完成した。それは偽のゲシュタポ身分証であった。feti虎は生まれ変わった絵皿のわれながらの出来に満足しながら、それを再び宙に掲げ見た。

“GEHAIME SHUTAATSUPORITSUAI 2627”

…何かスペルが違うような気がする。しかしまあ相手はじっくり検分する余裕などなかろうし、これでよかろう。
次にfeti虎教授は、結局使わずじまいだった自前の茶色いキュロットと、乗馬用の長靴をバッグから取り出した。ドイツ軍の規格とは色も形も程遠いが、これもまあ大丈夫だろう。feti虎はキュロットと長靴を履くと、黒いショージャケットを羽織り、ドレッサージュハットを目深にかぶった。そして姿見の前に立った彼女は、鏡に映る自身を見据えながら、先ほど作ったゲシュタポの偽身分証をスッと出し、低い威圧的な声で言ってみた。
「ゲシュタポだ」
…うん、なんとか通用するかな。いや、通用してくれなきゃ困るのだ。


その翌日、ポテンテが出勤した頃合いを見計らい、feti虎教授は官公庁街にある彼のアパートを訪れた。ゲシュタポ・半端私服バージョン風な装いでアパートの正面玄関を抜けた彼女は、まっすぐ管理人室へと向かい、その扉をドンガドンガと激しくノックするのだった。
管理人室の扉の鍵が慌しく外される音を認めると、すかさずfeti虎は扉を乱暴に引き開け、管理人を押しのけながら室内へと踏み込み、何事かとうろたえる主の鼻先に偽のゲシュタポ身分証を突きつけながら言った。
「ゲシュタポだ。ゲシュタポのユーロン捜査官」
年老いた管理人は一瞬にして顔面蒼白になり、直立不動の姿勢をカタカタさせながらその場に立ち尽くした。恐怖に震え上がる老人は、feti虎のその微妙な格好のことや、本物のゲシュタポは自ら名乗ったりしないことまでは考え及ぶことができず、また、偽身分証の致命的なまでのスペルミスにもまるで気づくことはなかった。
いやいや恐ろしいまでの効き目だこと…。feti虎教授は強力な秘密警察パワーの恩恵に感謝しつつ、続けた。
「管理人、カール・ポテンテの部屋の鍵を出せ」
「ポテンテさんですか?あの方は政府の偉いお方と…」
「いいから出せ。ポテンテ総統補佐官には重大な嫌疑がかかっている」
「しかし…」
ゲシュタポの偽者は怯える老人にぐっと顔を近づけ、冷ややかに言った。
「管理人、これは正式な捜査であり、私はゲシュタポの権限の範囲内で要請している。鍵を出せ。さもなくばお前はダッハウ逝きの片道切符だ。その非協力な姿勢はそれに十分値する」
年老いた管理人は飛び上がるようにして脇の戸棚を開き、震える手で鍵束を取り出した。内心のほくそ笑みをひた隠しながら、ゲシュタポ・feti虎は神妙な顔つきで鍵を受け取った。
「もし本人が戻ってくるようなことがあったら電話で知らせて欲しい。協力に感謝する」
感謝の意を表するゲシュタポもまたいないわけだが、もちろん老いた管理人にそこまで考える心の余裕はなかった。

まんまとポテンテの部屋への侵入に成功したfeti虎教授は、リビングに出ると、その乱雑なテーブルを見てにやりとした。まあ男のひとり暮らしはこんなものなのだろうが、それにしてもわっくも一緒だろうに、何も言わないのだろうか。
テーブルの上には、何日前のかわからない飲みかけのコーヒーやビール缶がぞんざいに置かれており、その周囲には読みかけの書類やファイルが雑然と積まれていた。その山の一番上には裏返された5枚のトランプが不揃いに重ねられている。ポーカーか何かの途中だろうか。feti虎はそっとカードを順番にめくってみた。スペードのフラッシュだ。それは作戦の幸先のよいスタートであると受け取ってもよいのだろうか。
リビングを後にしたfeti虎は寝室へと入った。想像とは裏腹に、ベッドのシーツはまるでプレスでもしたかのようにピーンと張られており、折り目正しく畳まれた毛布が足元の位置に置かれていた。枕も測ったかのような位置にしわひとつなく鎮座している。どちらがやったかやらされたかは定かではないが、そこには現役の規律というものが見て取れた。
feti虎教授はふと、乱雑なリビングのテーブルとは対照的なその光景に違和感を覚えた。しばらく両者を見比べながらその意味するところを考えていた彼女は、やがて部屋の薄明かりの中で苦笑しながらひとりごちた。
「あらら。おねいさんはまんまと引っ掛かっちゃったと。…さてどうしましょw」
…罠には罠で返してやるかね。feti虎教授は浴室の方へと向き直ると、ゆっくりと歩み出すのだった。


Made in Korea~黒猫暦:1941年1月7日

誰か入ったな…。
ポテンテのリビングに足を踏み入れた枠少尉こと、ヴィルヘルミーナ・アンナ・クルマン少尉がそう思ったのは、特に根拠があるわけではなく、単に職業軍人としての長らくの経験から来る直感に過ぎなかった。しかしその直感というのは往々にして的中するものであり、大柄な護衛は後ろを振り向くと、コートを脱ごうとしているポテンテに向かって言った。
「お留守の間にお客さんが来たようだ」
総統補佐官カール・ポテンテ、かつては黒猫ポンセと呼ばれたその猫は脱いだコートを手に、眉を上げた。
「…刺客か?」
「あるいはね。しばらくそこにいて」
枠少尉はリビングの周囲をざっと見渡した。一見異常はないが、しかし…。少尉は乱雑なテーブルに歩み寄り、そこを検めると、自分の直感が正しかったことを知った。掛かっていたか…。
一見だらしのないだけの乱雑なテーブルは、実は枠少尉の仕掛けた巧妙な罠の宝庫であった。放置された缶やコップ、それも中身がまだ微妙に残ってたりすると、人は思わず手に取って覗いてみたり、つい匂いをかいでみたくなったりする。しかしひとたび動かしてしまったら最後、テーブルやカップに意図的に付けられた染みの環の位置がずれ、何者かがこの部屋を訪れた証となるのである。あるいは雑然と積まれているように見える書類群も、実は規則的な配列になっており、確実に原状回復させない限り、手に取った痕跡が残るようになっていた。
そして侵入者の形跡は、裏返されたトランプにあった。それも人の“思わず見たくなる”心理につけ込んだ罠であり、1枚めくればすべてのカードの位置がずれるよう巧みに重ねられていたのであった。
侵入者を確信した枠少尉は、寝室の様子を確かめた。寝具一式は朝と同様に整然と置かれており、しわひとつ見られない。こちらには来てないようだ。次に少尉は浴室へと目を向けた。浴室の扉はぴたりと閉じられていた。しかし、枠少尉はいつも微妙に開放しておくのである。それもまた“開けたら閉める”の心理を衝いた罠だった。そこか…。手をホルスターに掛けながら、護衛は静かに浴室へと向かった。
おそらくもう侵入者は去っているだろうが、枠少尉は念のためルガー拳銃を取り出すと、壁に身を寄せゆっくりと浴室の扉を開けた。人の気配はない。それでも少尉は慎重に顔を覗かせ中を確認し、確実に無人と判断してからようやく浴室へと足を踏み入れるのであった。
謎の侵入者が仕掛けたであろう罠の正体はおおよそ見当がついていた。枠少尉はシャワー口を浴槽に向けると、ゆっくりとそのバルブを開いた。
浴槽に放たれた水はしばらくすると温水になり、やがてそれは茶褐色に変色しながら恐るべき沸騰コーヒーへと変貌するのだった。
「補佐官、こちらへ」
芳醇な香りともうもうたる湯気を払いながら、ポテンテは浴室前に立ち、シャワー口から溢れ出る恐怖の沸騰コーヒーを眉をしかめながら見やった。
「…ニーナの仕業か?」
「どうだろね」
ポテンテは首を振りながら浴室から顔をそむけた。
「おーやだやだ。コーヒーは飲む気にならん。ビールにしよ。枠、どうだ?」
「あとで行くよ」
シャワーのバルブを閉めながら、枠少尉はどこか釈然としないものを感じていた。「シャワーから沸騰コーヒー」、あまりにも安直過ぎる。というか稚拙だ。こうもわかりやすい手が本気で通用すると思ったのだろうか。再びプロの直感が警鐘を鳴らしはじめた。もしこっちが罠だとしたら…。
「補佐官、冷蔵庫を開けるな!」
護衛の警告も虚しく、既にその時、ポテンテは無用心に冷蔵庫を開け放ってしまったのである。その扉が開くと同時に、内側に無数に張られたピアノ線がピーンと張り、その張力は先に結ばれていた縦置きの缶詰のフタを勢いよく一斉に外すのだった。そして、冷蔵庫いっぱいに敷き詰められた缶詰のその恐るべき中身が雪崩の如くポテンテに襲い掛かった。
すべては瞬く間の出来事であり、総統補佐官カール・ポテンテが最期に捉えたのは、「パパパパッ缶缶!!」という缶詰のフタが次々と開く音と、自分めがけて降り注ぐ茶色い液体と、同じ色の小さな固体の山であった。

ヴィルヘルミーナ・アンナ・クルマン少尉は勇猛果敢な女性兵士であった。しかし台所の凄惨な光景を前にした今、その足はすくみ、腰はすっかり引いていた。冷蔵庫の前で、カール・ポテンテ総統補佐官がどろどろした茶褐色の汁と、ぷよぷよした茶色の具にまみれてのたうち回っている。ポテンテを襲った缶詰のその中身は、ぐつぐつふつふつと沸き立ち、もうもうたる湯気を放ちながら何とも言えぬ強烈な匂いを発していた。何だこれは。何だこれは。何だこの気持ち悪いのは!
枠少尉は鼻を腕で覆い隠しながら、足元に転がっている恐怖の缶詰を手に取った。ラベルに商品名がハングル文字で記されていた。

“번데기”

多少ハングルの心得のある少尉は、その文字の意味を読み取り、愕然とするのだった。

번데기=ポンテギ

これが、ポンテギ…。枠少尉は恐怖の食品にまみれて転げ回る哀れな総統補佐官に目をやった。彼に降り注いだのは「ポンテギ」と呼ばれる、蚕(かいこ)のさなぎを醤油味に煮付けた罰ゲーム的朝鮮食品であった。しかもそれはただのポンテギではなかった。「沸騰ポンテギ・とろみ付」なのである。いくらなんでもひどすぎる。
これは、ぎ印の連中のセンスではない。…ではいったい誰が?
誰がやったにせよ、枠少尉が出し抜かれたという事実に変わりはなかった。完敗である。それは完膚なきまでの敗北だった。畜生、畜生、畜生!
激怒の護衛は手にした缶詰を床に叩きつけた。その弾みで、中に残っていた蚕のさなぎがポーンと飛び出し、天井に当たって跳ね返り、その下でもがくポテンテの口の中にポトリと落ちた。

再び長く悲しげな悲鳴が官公庁街をこだました。


向かいの建物の壁に寄り掛かりながら、そっと耳をそばだてていたfeti虎教授は、3階の窓から漏れるカール・ポテンテの悲鳴を聞き届けた。悪いねえロデニム…。feti虎はポテンテの部屋の窓に悲しげな微笑を投げかけると、夕闇の中へと静かに姿をくらました。


ショコラとモンブラン。怒れるふたりのゲシュタポ捜査官がホテル・アドロンのプレシデンシャル・スイートに踏み込んだ時、そこにあったのは「くまのプーさん」の絵本を広げたティガーのぬいぐるみであった。ここでようやく、彼らはこの1週間余、自分たちがずっと張り込んでいたのがもぬけの殻の部屋であることを知ったのだった。

つづく。

※参照:ポンテギ(成人指定・閲覧注意)

Guicho Zurdo:千年帝国の野望~「Hearts of Iron・Ⅱ」のリプレイ(その17) 

経過はコチラ

焼け石に水なガイドブック:「千年帝国の歩き方

※半ばスパイ小説化してる件は触れるでないw


シャンペン・スパイ~黒猫暦:1940年12月25-29日

もうひとつのベルリンに来てからの最初の3日、feti虎教授の主な日課は、“観光”であった。カスタム・チューンを施したRoverの自転車を颯爽と駆り、名所を訪れ、美術館で目の保養をし、高級レストランで豪華な食事を摂り、河畔で読書を楽しんだ。この合理主義者の教授は、時局の変化がない限り、カール・ポテンテの平日は報告書に書かれていた通りの、9時までに出勤し18時までには帰宅するという官僚の見本のような生活、したがって襲撃はいつでも可能につき当座は鋭気を養うに専念すると主張したのだった。抜け目ない教授は、急いでは事を仕損じるゆえじっくりと機を伺うと、さらなる時間の引き延ばしも忘れなかった。こうしてfeti虎教授は3日間、もうひとつのベルリンを心ゆくまで堪能したのだった。
しかし4日目の朝、総統閣下は膨大な出費に血圧沸騰中、頼むからアクションをというゴルビ犬の懇願の電話があり、渋々折れたfeti虎教授はようやく重い腰を上げ行動を開始するのだった。

官公庁街にあるポテンテのアパートはすぐ見つかった。feti虎教授は一旦そこを通り過ぎると、少し進んだところで今度は反対側の通りへと移動した。そして街灯の脇に自転車を止め、チェーンを直すふりをしながら、目的の相手がアパートから出てくるのをじっと待った。
ほどなくして、アパートの入り口によく知る小さな黒猫と見知らぬ大きな軍人が現れた。feti虎は大柄な軍服の女性をちらり見た。あれが護衛か…。遠巻きにさりげなく様子を伺っていると、黒猫と護衛はアパートの前で何事か言い争いをはじめるのだった。その口論は最終的に護衛の鉄拳で幕を閉じ、やがて凹凸コンビはアパートに面した通りをfeti虎の位置とは反対方向に歩きはじめた。feti虎はチェーン修理の芝居をやめ、自転車を押しながら静かに後をつけはじめた。そこからやや先には、ずんずん歩く護衛と、その左後ろをちょこちょこ歩く黒猫の姿があった。まるで三歩下がって影踏まずじゃないか。ロデニムよ、その姿は忍びんな…。
やや歩く速度を上げ、凹凸コンビにいくらか近づいた時、ふとfeti虎は黒猫の前方を畏怖堂々と歩く護衛に目を留めた。その後ろ姿にはどこか覚えがあった。feti虎は猫から目を離し、護衛に注意を向けた。大柄な護衛はずっと背を向けたままであったが、feti虎教授は辛抱強く観察を続けた。しばらくすると一行は十字路に到着し、護衛は安全確認のために首を左右に向けた。ここでfeti虎はようやく護衛の横顔を捉えることができた。あれは…。feti虎の口元が緩んだ。誰かと思えばわくわくわっくじゃないか。なるほど、ロデニムは最強の番人を手に入れたというわけか。ふふ、相手に不足はない…。
「…と言いたいところだけど、参ったねこりゃ」
feti虎教授は足を止め、通りを渡って総統官邸へと向かう凹凸コンビを眺めやった。直接攻撃はちょっと無理ね。ここは一旦退いた方がお利口さんだ。早々に襲撃中止を決定したfeti虎は自転車を反転させると、乗馬が如く軽やかにサドルをまたぎ、何処へと走り去って行くのだった。

眼前に迫る黒い影に気づいて顔を上げた頃は時既に遅く、黒猫ポンセ、今は総統補佐官カール・ポテンテを名乗るその猫は、枠少尉の巨大な尻にゴンと鼻先をぶつけてよろめいた。
「急に止まるんじゃないこの!」
鋼鉄に等しい臀部による鼻パンチを食らい、ポテンテは涙目で抗議した。護衛の枠ことヴィルヘルミーナ・アンナ・クルマン少尉はポテンテの訴えを無言で棄却し、周囲を見渡しながら言った。
「あたしたちのこと、誰か見てたね」
ポテンテはショボ目をこすりつつキョロキョロと見回した。
「誰もいないじゃないか」
「今はね。でも誰か、見てたよ」
「事件の後だからナーバスにもなろうが、大丈夫だよ。何も起きんて」
枠少尉はそれでも納得のいかぬ様子で右へ左へと視線を走らせるが、やがて諦めると、ポテンテに促され、再び総統官邸に向かって歩きはじめるのだった。

その日の夕刻、feti虎教授は帰宅途中の凹凸コンビの背後に再び姿を現わした。しかし攻撃の意図はなく、その視線は主に護衛の動きに注がれた。作戦の成功如何はこの大柄な少尉をどう制するかにかかっていることを、賢明なる教授は悟っていたのである。
護衛は相変わらず黒猫の先、やや右前方を偉そうに歩いていた。注意深く観察していたfeti虎は、その位置関係が何を意味するのかをようやく理解した。何か異変が起きれば、護衛はすぐさま黒猫を左手で地面に引き倒し伏せさせ、右手で応戦するという形なのだ。さすが現役、考えてるな。feti虎は夕闇の中で薄く微笑んだ。つまり、狙うならわっくの手が届かない時にということか。ではいったいそれはいつなんだろう…。ま、ひとまずおいしいディナーでも食べながら考えましょうかね。feti虎教授は軽やかに自転車に乗ると、反対側の通りの凹凸コンビを追い越し、夕闇の中へと姿を消すのだった。

眼前に迫る黒い影に気づいて顔を上げた頃は時既に遅く、ポテンテは再び枠少尉の巨大な尻に鼻先をぶつけてよろめいた。
「だから急に止まるんじゃないってのこの!」
鋼鉄製の臀部を持つ枠少尉は、朝と同様にポテンテ涙目の抗議を高らかにスルーし、遠くを見ながら言った。
「今の自転車…」
ポテンテはショボ目をこすりつつ遠くに目を凝らした。
「自転車?」
「どこかで知ってるような気がする…」
「自転車なんてどれも似たようなもんだろ。行くぞほれ」
枠少尉はそれでも納得のいかぬ様子で夕闇の先へと視線を向けるが、やがて諦めると、ポテンテに促されるままに、再びアパートに向かって歩きはじめるのだった。

“最後の審判亭”、なかなか粋な料理を出すじゃないの。アレキサンダー広場の近くにある「ツァ・レツテン・インスタンツ」で豪華なひとりディナーを終えたfeti虎教授は、ルンルン鼻歌交じりにホテル・アドロンのロビーに帰ってきたのだった。
部屋の鍵を受け取りにフロントに向かった彼女は、いつもにこやかなフロント係が緊張の面持ちであることに気づいた。その目はまるで「逃げろ」とでも言いたげな様子である。とその時、横のソファーに座っていた4人の男がバラバラと立ち上がり、feti虎教授を取り囲むように立ちはだかった。男たちはソフト帽に地味な色のスーツ、あるいはコートといういでたちであったが、奇妙なことにそのいずれもが乗馬ズボンに長靴を履いていた。さしずめ私服6割、制服4割といった装いである。その姿に訝る間もなく、ひとりが右手をスッと差し出した。黒い皮手袋に覆われた掌には楕円形の銀色のプレートが握られており、そこには「GEHEIME STAATSPOLIZEI」の刻印が見て取れた。その文字の意味がfeti虎の胸に染み渡る前に、半端私服の男が言った。
「ゲシュタポ(秘密国家警察)だ。ご同行願おうか。無論、選択の余地はない」


ゲシュタポ・ミュラー~黒猫暦:1940年12月29日-30日

feti虎教授を乗せた黒塗りのメルセデスは、プリンツ・アルブレヒト街のゲシュタポ本部前で停車した。後部座席のふたりのゲシュタポと共に降り立ったfeti虎は、ここでようやく自分が手錠を掛けられたわけでなく、両脇を抱えられてるわけでもないことに気づいた。…これは逮捕ではないのか。とはいえ、ここで同行拒否の素振りを微塵でも見せようものなら、彼らは躊躇なく棍棒で殴るか、下手したら9㍉パラベラムの弾丸を首筋に撃ち込みかねない。彼らにとって暴力は些細な理由があれば充分正当化されるのだ。さらに彼女は、助手席の男がメルセデスのトランクから自分の本や自転車を運び出すのを見た。どのみちアレも取り返さなきゃならないわけだし、ここは素直に従っておくか。feti虎教授は促されるままに、恐怖の総本山の階段を昇るのだった。
ふたりのゲシュタポ捜査官に伴われて連れて来られたのは、哀れな被疑者の血や脂の染み付いたおぞましい尋問室ではなく、整理の行き届いた小奇麗な執務室であった。その奥のデスクでは、部屋の主とおぼしき黒い制服の高級将校が何かの書類に目を通している最中だった。
将校は書類から目を上げ、feti虎教授を一瞥すると軽く頷き、両脇のゲシュタポに向かってやや高めの抑揚のないトーンで言った。
「貴様たちは下がってよろしい」
ふたりの秘密警察官は長靴の踵をかちんと合わせ、部屋を去った。黒服の将校はfeti虎にデスク手前の椅子に座るよう、あごで指し示した。
feti虎は素直に腰を下ろすが、黒服は何も言わず延々と書類を読み続けていた。沈黙が部屋を支配し、時折はらりと紙をめくる音だけが流れた。沈黙で不安にさせようという魂胆か、あるいはこちらから口を開かせようとでもいうのか。…どちらにせよ乗ることはない。feti虎教授はのんびりと待つことにした。それにしてもこの男、いったい何者なのか。…ゲシュタポなんだろうけどさ。feti虎はどこかに部屋の主のヒントはないものか、書棚や壁に素早く視線を巡らせた。
その答えはすぐ近くにあった。デスクの端に積まれた決済済みの書類、その下段に記された部屋の主の署名を、教授は懸命に読み取ろうとした。ためつすがめつ眺めるうちに、崩れた文字で書かれたそのサインはようやく「H. Muller」であることがわかった。ミュラー、ミュラー、H・ミュラー、ハー、ヒー、フー、ミュラー…。feti虎教授は、かつてgoKoreaの愛すべきチョッパリ軍団どもと交わした会話の記憶を辿り、「H.Muller」に該当する人物の名を懸命に思い出そうとした。ハンス・ミュラー、フランク・ミュラー、ハインリヒ・ミュラー、ハインリヒ…、ハインリヒ・ミュラー!そうだ、ハインリヒ・ミュラーだ。…もしかして“ゲシュタポ・ミュラー”ってこいつのことか?
その時、おもむろに黒服が口を開いた。
「…feti虎教授、どこで教えられてるので?」
「ソウル大学です。文学部反日思想学科。…そのあたり、もうお調べのことではなくて?」
「確認ですよ。専門は朝鮮周辺のようですな。それがまたなぜこの国に?学術的なご用件とは思えないが」
「観光です」
「このご時勢に?」
「ええ、このご時勢に」
「しかもアドロンのプレジデンシャル・スイートにお泊まりと。大学の教授とはそんなに高給取りでしたかな」
「アフィリエイトが好調でしてね」
「話が見えないが」
「説明が面倒です。ところでミュラーさん、私が呼ばれたのはそれが理由ですか?アドロンのプレシデンシャル・スイートに泊まる教授は身分不相応につきそれだけで怪しいと」
突然名前を呼ばれたことに、ミュラーはかすかに眉を上げた。しかしすぐに表情を消すと、再び抑揚のないトーンで続けた。
「過日、総統官邸でテロ未遂事件が発生しましてね。政府高官への」
「それが私と何か関係がありまして?」
ゲシュタポ・ミュラーは意外にもあっさり認めた。
「あなたは事件には関係ないですな。犯人は兎だった」
「ではなぜ私はここに?」
ゲシュタポの長は椅子の背もたれに身を預けると、feti虎をまっすぐ見据えながら言った。
「問題のテロ未遂に遭った政府高官というのは、われわれがずっと監視下に置いている相手でね。毎日欠かさず動向を追っている。ところが今日、われわれとは別にその高官の動きとリンクしている者が確認された。…誰のことを言わんとするかはおわかりですな、教授」
(ノ∀`)アチャー、見られてたのね。
「さっぱりわかりませんね」
ゲシュタポ・ミュラーは畳み掛けるように言った。
「では今日の朝と夕方、あなたはあんな場所でいったい何を見て何をしていたのかね?まさか官公庁街を観光だなんて言うんじゃなかろうな」
こいつ、漠然とした疑いだけで何も握ってないな。そう確証したfeti虎はのらりくらりと追及をかわすことにした。
「観光ですよ。官公庁街も見る価値はあります。朝夕の都市風景、人が流れる美しさは十分観光として成り立ちますけど」
「そんなたわ言が通用すると思うかね」
「たわ言ではなく事実です。あなた方は当然私も監視下に置いたはずですよね。ではお伺いしますが、その朝夕以外の私は何をしてました?誰かとコンタクトでも?あるいは公園のベンチの下に怪しい小包でも置いてましたか?」
その問いに、ゲシュタポ長官は沈黙で答えた。ここぞとばかり、feti虎教授は攻勢に転じた。
「報告書のなぞりになりましょうが、朝の街の風景を楽しんだ後はティアガルテンでサイクリングです。それから『カンツラー・エック』でおいしいランチを頂いて、午後は植物園と動物園の二本立てツアー。夕暮れにまた官公庁街に赴いて家路に着く人の波を眺め、お夕飯は『ツァ・レツテン・インスタンツ』。いい気分でアドロンに戻ったらあなたのお下品な部下たちが待ち構えてて、有無を言わさずここへ連行。おかげで素敵なベルリン観光はパア。それが私の今日という日です。政府高官なんて知りません」
しばらくの沈黙の後、ミュラーはおもむろに話を変えた。
「自転車に乗られてるようですな。それも英国製の」
「イギリス本土はもうあなた方の手に落ちてるでしょ。問題ないはずです」
「お留守の間に、荷物を検めさせてもらった」
「不審な物でも出てきました?」
「不審な物は何も。…だが、不思議な物はありましたな。あれは何です?」
「それももう調査済みでなくて?」
「もちろん調べました」
「なら問題ないことはおわかりのはずです。お調べになられた通りの物で、お調べになられた通りの用途です」
「あんなに大量に?」
「あんなに大量にです」
「解せませんな」
「その方がお買い得なので」
「feti虎教授、あなたはこの国にいったい何をしに来られたのです?」
「観光です」
突然、ゲシュタポ・ミュラーはデスクに身を乗り出すと、feti虎に向かってぐいと顔を近づけた。高級そうなオー・デ・コロンの香りが仄かに鼻についた。能面のゲシュタポ長官は、抑えながらも凄みのあるトーンで言った。
「無理にでもしゃべってもらう方法もあるんだがね」
feti虎は動じることなく、涼しい顔で答えた。
「さぞかし実りある白状を手にできるでしょうね。拷問で意識を半ば失いながらうわ言のように『観光、観光』と。あなたの評価もまた上がる。『ゲシュタポ・ミュラー最強。“観光”容疑で外国人を逮捕』。ダッハウに着いたら皆さんによろしくお伝えします」
ミュラーの顔が心なしか紅潮したように見えた。やがて彼はfeti虎から顔をそむけると、どっかと椅子の背もたれに身を預け、黙り込むのだった。
勝利を確信したfeti虎教授は朗らかに言った。
「さて、そろそろ帰ってもよろしいかしら?」

“スフィンクス”とあだ名されるゲシュタポ長官の顔は特に変化は見られなかった。しかしその心中は必ずしも穏やかではなく、彼は今、腰を振り振りゲシュタポ本部を後にするfeti虎教授の後ろ姿を、苦々しい思いで見送っていた。必ず尻尾は掴んでやるからな…。決意も新たにゲシュタポ・ミュラーは部下の名を呼ぶのだった。
「ショコラ、モンブラン」
それを受け、背後の柱の陰からふたりのゲシュタポ捜査官がぬっと現れた。ミュラーは部下たちを一瞥すると、闇の先に消えつつあるfeti虎を見ながら言った。
「あの虎から目を離すな」
ふたりの秘密警察官は頷くと、すぐさま本部前に停めてあった黒塗りのメルセデスへ乗り込むのだった。


金のかかるスパイ~2007年5月16日(黒猫暦:1940年12月29-30日

ホテルに帰ったfeti虎教授は、恐怖の建物から無傷で生還したことに驚くフロント係から鍵を受け取り、足早に部屋へと向かった。
部屋に戻ると、feti虎は名残惜しそうに高価な調度品で飾られた部屋を眺めやった。
「ここはもう撤収しなきゃね…」
仕方あるまい。feti虎はフロントにダイヤルすると、ボーイを部屋によこすよう連絡した。
連絡を受けてやって来たあどけない顔のボーイは、山のように握らされたチップに目を輝かせ、何でも仰せのままにと言うようにfeti虎教授を見た。
feti虎はボーイに手短に依頼内容を伝えた。ボーイは瞬間躊躇いの表情を見せたものの、さらに積まれたチップの誘惑には勝てず、依頼を受けることにした。
数分後、件のボーイが紙袋を手に再びfeti虎教授の部屋に入った。さらにその数分後、廊下の安全を確かめ先に出たボーイの手招きを受け、feti虎がそっと部屋から荷物を手に現れた。そして、誘導されるままに従業員専用エレベーターへと向かった。
ボーイの手引きで無事に従業員専用口から外に抜け出したfeti虎教授は、3度目のチップをボーイにはずむと、幸運を祈る声に手を振り応えながら、闇夜の中へと姿をくらますのだった。

その30分後、ケンピンスキー・ホテルのフロント係は、目の前の客を不思議そうに見やった。ホテル・アドロン従業員の制服に身を包んだfeti虎教授は、フロント係ににこやかに微笑みかけた。
「お部屋、空いてますかしら?」

原則的に電話嫌いであるぎ印ドイツ帝国総統Guicho Zurdoの声は極めて不機嫌だった。
「どこの馬の骨だ」
feti虎教授はその失礼千万な挨拶を華麗にスルーした。
「あいにく虎の骨です閣下。おはようございます」
「…教授か。こんな時間にいったい何の用じゃ」
「危急の依頼です。自転車を1台ご用意ください。Roverでお願いします。カスタム化済みのを」
総統閣下はすぐに異変を察知した。
「何があった」
「実は今夜、こちらのゲシュタポに呼び出されました」
「しくじったのか?」
「いえ。しかし疑われてます。向こうも黒猫さんを監視してたようで。私も監視下に置かれるのは間違いないので、遺憾ながらアドロンを放棄しました」
これで高額な宿泊代を払わずに済むと思ったのか、総統閣下の声はうれしそうだった。
「それは災難だったのう。残念じゃ。実に残念じゃ。しかしそれとおニューの自転車と何の関係があるんじゃ?」
「カモフラージュが必要です。支払いもそうですが、私の自転車がアドロンに置いてあれば、連中はまだ滞在中と思うでしょう」
「…ちょっと待て。すると何か、お前はわしにもぬけの殻のホテル代を払い続けろと言うのか?」
「そういうことです。こちらのホテル代もお忘れなく」
「(゚Д゚)ハァ? お前は今どこにおるんじゃ?」
「ケンピンスキー・ホテルですが」
「…シングルだろうな?」
「プレジンデンシャル・スイートです」
電話の向こうで、偉大なる総統閣下は大爆発を起こした。
「お前はいったい何を考えとるんじゃ!!そのプレなんとかは1泊いくらすると思っとるんじゃ!しかもひとつは誰もいないホテルの宿泊代じゃ!!お前はわしの…」
feti虎教授は怒れる総統閣下を穏やかに遮った。
「ゲシュタポの盗聴の恐れがありますので今夜はこの辺で。おやすみなさい。よい夢を♪」
「悪夢じゃ!起きながらにして悪夢じゃコラ!!お前はわしのりそな銀行の口座をいったいど…」

ガチャ。

長い一日だった…。feti虎教授は偽従業員の格好もそのままに、ふかふか高級ベッドに横になると、すぐに眠りに落ちた。


翌日、ぎ印ドイツ帝国総統Guicho Zurdoは、アドロン、ケンピンスキーの両ホテルからの請求書を前に、少量ながらも失禁して果てたという。

つづく。

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