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Guicho Zurdo:千年帝国の野望~「Hearts of Iron・Ⅱ」のリプレイ(その9) 

経過はコチラにて。

※同時進行の戦線が複数ありますので、時間軸が多少前後する場合があります。


ソ連邦解体とぎ印連邦構築~1942年11月6日

対ソ戦勝利の祝賀会の余韻も醒めやらぬその翌日、ぎ印ドイツ帝国総統Guicho Zurdoは、戦勝によって得たソ連領(東部地域1/3)の独立とその属国化に着手した。旧ソ連領内で新興国家を乱立させてその連邦解体を目に見えた形にする、というかそれっぽく見せたいというのが総統閣下の目論見であったが、それは政治的理念や戦略的観点といったものは皆無であり、要するに長らくの対ソ戦で煮え湯を飲まされ続けたことに対する総統閣下の超個人的な復讐心からであった。このまるで大義なき政略に対し、参謀である黒猫ポンセは激しく拒絶を示したのだった。そのため、実行にあたっては先ごろよりめきめきと頭角を現してきた新たなる腹心、ゴルビ犬が担うことになった。
総統閣下の忠実なる番犬ゴルビ犬は抜かりなく命令を遂行し、 結果ポーランド、ロシア、ベラルーシ、グルジアが即日独立を果たすと同時に、ぎ印ドイツ帝国の軍門に下り、連合諸国に宣戦を布告するのである。

東欧地域のマップは今や大きく変貌を遂げた。ぎ印ドイツ帝国とその衛星国家の並びは、さながらぎ印連邦の様相を呈していた。


ダルラン提督の選択~1942年11月6日-15日

ぎ印ドイツ帝国総統Guicho Zurdoが何ら生産性のない政治的謀略を振りかざす中、大英帝国の凋落を受けて事実上の連合国盟主となっていたアンクル・サムは、極めて生産的な政治的謀略を行使した。11月6日、アメリカは密かにヴィシー・フランス政府の要人であるフランソワ・ダルラン提督と交渉し、その篭絡に成功したのである。
ヴィシー・フランスはその政府中枢をヴィシーに置いたことからそう呼ばれる。大戦における立ち位置は原則中立としながらも、ヴィシー政権が生まれたのはぎ印ドイツ帝国による蹂躙から“フランス”という存在を護るがため、フランスの名を冠した軍と植民地と本陣を何とか残さんがため、という経緯があった。つまり、ド・ゴールはロンドンでごにょごにょ言っているが、今後フランスはヴィシー以南でおとなしくするから国家解体だけは勘弁してくれ、パリとかシェルブールなんかはくれてやるから軍と植民地だけは取らんでくれ、という泣きの交渉でどうにか生かされた政権なのである。ゆえにその実態としては親ぎ独政権に等しいものであった。というかそうならざるを得ないのである。ぎ印ドイツ帝国に対しわずかでも不穏な動きを見せれば、Guicho Zurdoは躊躇なくヴィシー・フランスを粉砕する心づもりであった。フランス側から最大限の譲歩を引き出し、コンピエーニュの森の交渉列車から傀儡総統アドルフ・ヒトラーがニコニコ顔で出て来たその裏で、ぎ印総統Guicho Zurdoは妙な真似したら即殺すからなと、哀れな老ペタン元帥を震え上がらせていたのである。事実、チャドやニジェールをはじめとするアフリカのフランスの植民地群がド・ゴール率いる自由フランスに寝返った折、Guicho Zurdoは真剣に腰抜けヴィシー叩くべしを検討したのである。それを抑えたのは参謀の黒猫ポンセであり、彼はもはや形骸化した国家を叩くにいったい何の意味があるのかと、肉球で激しくデスクを叩きつつ総統閣下を押し止めたのだった。
そして今、フィリップ・ペタンと共にヴィシー政権建立の中核を成したフランソワ・ダルランが、ヴィシー政府を脱しアメリカへの亡命を果たすと同時に、手土産としてその統治下にあったアルジェリアとチュニジア、そしてモロッコをヴィシー・フランスから切り離し、同地の支配権をアメリカに引き渡したのである。
その報を受けた総統閣下は開口一番こう言ったという。

「つーかダルランって誰よ?」

ぎ印ドイツ帝国総統Guicho Zurdoが知るヴィシー政権の要人は、老ペタン元帥ただひとりなのであった。


傘ブランコ~1942年11月15日-1943年2月27日

ダルラン提督が何者であれ、アフリカ大陸のマップにアメリカの領土を意味する青が新たな色として加わったことに、Guicho Zurdoは最大限の不快感を表明した。わしは青が嫌いだ、青は医者に止められている、と。もちろんそれはポーズに過ぎず、内心はアフリカ大陸北西部獲得の口実ができたことをほくそ笑んでいたのである。既に大陸北東部の侵攻軍はエジプト・リビア地域を制圧しつつあり、ここでモロッコやアルジェリアが手に入れば北東部の侵攻軍は南進に専念することができる。また西部攻略の橋頭堡としてもおいしい。「カフェ・アメリカン」の主はわしが相応しい、Guicho Zurdoはこの機を最大限に利用することにした。
11月15日、総統閣下とぎ印ドイツ帝国は、政府要人の亡命と己が領土をアメリカに奪われたヴィシー・フランス政府を激しく非難すると同時に、この問題への直接介入を表明し、「アルジェリアとチュニジアを直接支配する。ついでにモロッコもな」と厳かに宣言したのであった。ペタンとヴィシー政府にこの要求に抗する術はなく、応諾以外の途はなかった。
同日、対ソ戦の終結を受けてベルリンへの帰途にあった軍勢、本来であればインド・パキスタン戦線への増軍として予定されていたハルダーを長とする軍団が、アルジェリア・チュニジア、ついでにモロッコ奪還の命を受けた。彼らはベルリンに戻り次第、直ちにロストクから海路ジブラルタルへと向かい、そこでカサブランカ侵攻の時を待つことになった。

カサブランカ攻略作戦は、翌年の1月15日に発動される。半ば孤立状態の北西アフリカ地域を落とすに苦労はなしと楽観視していたGuicho Zurdoであったが、最初の上陸作戦はあえなく失敗に終わる。のんびりカサブランカへのピクニック気分だったぎ印軍団の前に立ちはだかったのは、猛将ジョージ・パットンであった。パットン大戦車軍団をはじめとするアメリカの駐留軍は、カサブランカに上陸せんとするぎ印軍団をこてんぱんに叩きのめし、その地を踏ませなかったのである。各隊の全滅こそ免れたものの、首の皮一枚状態のぎ印侵攻軍はほうほうの態でジブラルタルへと逃げ帰るのだった。猛将パットン恐るべし。作戦失敗の報を受け、Guicho Zurdoは思わず手にしたメガネを取り落としたという。

Guicho Zurdoは作戦の全面的な見直しを余儀なくされた。パットンめを相手に真正面から挑んでは勝機はないと踏み、空挺部隊との共闘はもちろんのこと、兵糧攻めの策も採った。当該地域が孤立気味な分、唯一残ったレーダーのぎ印海軍を動員して周辺海域を制圧し、補給路を断とうというわけである。
この戦術が多少は功を奏したのか、1ヵ月後の第二次カサブランカ侵攻作戦では苦戦しながらもどうにか同地の陥落に成功する。ぎ印侵攻軍はパットン軍団を南へ南へと追い立てながら北西アフリカ地域をじわじわと制圧して逝った。
支援もなく、補給路を断たれて追い詰められたパットンの軍団はやがてアガディールで崩壊するのだった。

敗軍の猛将パットンはアフリカの地から放逐された。その時彼が「I shall return」と言ったかどうかは定かではない。


またアメリカか!~1942年11月16日-1943年4月21日

インド・パキスタン戦線におけるイギリス・フランス軍は、アフリカ戦線同様にまだ数こそそれなりに残ってはいるものの、本陣を落とされたおかげで軍事の研究・開発もままならず、もはや旧弊としか言えないような装備で戦わざるを得ない状態であった。彼らは数と最新鋭の装備で圧すぎ印ドイツ帝国軍の前に敗走に次ぐ敗走を余儀なくされ、結果的にデリー、ボンベイ、カーンプル、インドールと、次々とプロヴィンスを失って逝った。共闘のネパール、ブータン軍の存在も焼け石に水以下の役立たずであり、したがってぎ印ドイツ軍の主たる敵は、オマール・ブラッドレー率いるアメリカ軍となった。同戦線のぎ印ドイツ帝国軍の快進撃を止め、カルカッタ制圧を阻止したのは彼らである。

「またアメリカか!」

総統Gicho Zurdoは憤怒の表情でデスクを叩いた。しかし拳をデスクに振り下ろしたところで事態が好転するわけではなかった。彼は拳の痛みとともに、今やアメリカが最大の敵であることをひしひしと感じるのであった。


黒猫ポンセの野望~1943年2月8日-8月1日

黒猫ポンセがシュプレー川でのボート漕ぎの訓練をやめ、そして総統閣下からの召喚が途絶えてから既に半年以上が経過していた。その間、ぎ印ドイツ帝国はアフリカとインド方面で悪路に足を取られつつも、着実に制圧地域を拡大していた。2月8日にネパールを併合し、5月16日にはブータンも手中に収めたのである。何のメリットもないが。
4月19日、アフリカ戦線で指揮を執っていたクルト・フォン・ハマーシュタインが事故死する。史実と1週間も違わないこの訃報にGuicho Zurdoは恐怖する。次はいったい誰なのか。
世界もまた動いていた。コロンビアはなぜか日本に喧嘩を売り、やがて連合に与し、ぎ印枢軸同盟に宣戦を布告した。アメリカは山本五十六の暗殺に成功し、ぎ印ドイツ帝国の衛星国家ポーランドでは民主化クーデターが起きた。そんなポーランドの処遇は如何しましょうかとゴルビ犬は問うたが、総統閣下はわしらに刃向かわなければそれでよい、内輪揉めは捨て置けと命じた。Guicho Zurdoにとって今はポーランドなんぞにかかずらってる場合ではなかったのである。彼の頭の中はスイスのことでいっぱいなのであった。

総統閣下からの呼び出しがなくなったことについて、ポンセは特に気にしていなかった。彼はそれどこではなかったのだ。「Hearts of Iron・Ⅱ」を手にして以降、彼はそのゲームシステムを学ぶに余念がなかったのである。ポンセは政治体制と外交を学び、技術開発と軍事ドクトリンのフローチャートを読み込み、ICと生産の因果関係を覚えた。そして補給線と移動経路の効率を研究し、天候と地形がもたらす影響を計算し、戦略と戦術の相違に開眼したのである。
チュートリアルでの戦闘、それも応用編をすんなりクリアできるようになった今、黒猫ポンセはついに己が手による新たな歴史の構築に取り掛かろうとしていた。どの国でプレイするかはもう決まっている。彼はメニュー画面に戻り、プレイする国家をクリックしようとした。
まさにその時、電話が鳴った。
「ちと話がある。来い」
総統閣下からであった。

黒猫ポンセが執務室に入るなり、これまでの不在などまるで意に介した様子もなく総統閣下は切り出した。
「わしはスイスを攻めようと考えている」
また犬が余計な入れ知恵をしやがったのか、ポンセは苦々しくゴルビ犬を見やった。犬は何食わぬ顔をして窓外を眺めている。
ポンセが何か言おうとするのを、総統閣下は制した。
「お前が言わんとすることはわかるぞ。スイスを攻める根拠がない、あそこは中立国です、とでも言いたいんだろ」
「それもそうですが、そもそもなぜスイスが中立国として存在するようになったかご存知なんですか?」
「要するに山ばっかで戦略的価値がなかったから列強の蹂躙対象にならず、結果中立国の道を歩むことになった。それもわしは知っている」
「ならばなぜそんな所を攻めようなどと?」
総統閣下は答える代わりにゴルビ犬に話しかけた。
「ゴルビ犬よ、わしの腕に似合う時計とは何だろうか?」
ゴルビ犬は恭しく答えた。
「それはもちろんロレックスの腕時計でございます、閣下」
総統閣下はゴルビ犬の返事に満足し、再びポンセの方を向いた。
「うむ。そういうことなのだポンセよ。わしはロレックスの時計が欲しいのだ。だからこそわしはスイスを手にせねばならぬのだ」
早くも黒猫ポンセは爆発した。
「あなたカシオのG-Shockで充分満足してるでしょ!無理矢理なこじつけはおやめなさい!」
総統閣下は譲らなかった。
「ついでにスイス銀行に預金したいのだ」
「『スイス銀行』なんてものは存在しないんですよ!」
「お前は『ゴルゴ13』は虚構の世界とでも言うのか。デューク東郷が愛用する『スイス銀行』はこの世に存在せんと」
「スイスの数あるプライベート・バンクの総称としてそう呼ばれてるだけです。『スイス銀行』そのものは存在しないと言ってるんです。というかあなたそうやって何が何でもスイスを攻めようというおつもりですか?だったら私を呼ぶ意味はないでしょ。私が何を言っても変えるつもりはないんだから。早いとこそこの犬と一緒に意味のないスイス侵攻作戦でも練られたらどうです?価値のない山々がいっぱい手に入るといいですね」
黒猫ポンセの批判に総統閣下は動じなかった。それどころかニヤニヤしてゴルビ犬と視線を交わしている。
「さすがわしに代わって新たな歴史の構築を目論む猫は言うことが違う」
ポンセは怪訝な表情を浮かべた。
「なんです?」
総統閣下はポンセに向き直り、指を突きつけた。
「わしはゲシュタポに命じて、ずっとお前の行動を監視していたのだ」
「それで?」
「わしは知ってるぞ。お前は密かに『Hearts of Iron・Ⅱ』を手に入れて、己が新たな歴史を築かんとしているな。わしは何でも知っているのだ。わしは『パパは何でも知っている』のパパよりも何でも知っているのだ」
「別に秘密でもなんでもないでしょ!私も参戦するって前に言ったじゃないですか!」
「そういえば『パパは何でも知っている』でママ役をやったジェーン・ワイアットが10月下旬にお亡くなりになられた」
「話をごまかさないでくださいよ」
「彼女の魂が安らかに眠らんことを。ラーメン」
「ジェーン・ワイアットの魂に失礼ですよ」
「彼女の魂が安らかに眠らんことを。焼きそば」
「そういう読み手を験すようなギャグはやめたらどうですか」
総統閣下はついに声を張り上げた。
「今日お前を呼んだのはだ、ゲームシステムもマスターしたしそろそろプレイしようかなという頃合のお前に一言言ってやるためじゃ!よく聞けポンセ、お前はこのゲームに勝てん!勝てるわけがない!勝てる余地など微塵もない!お前は負け猫ポンセじゃ!わしを出し抜こうなど100年早いんじゃ!」
黒猫ポンセは冷ややかに流した。
「私が勝てないという根拠は?」
「それはわしが何でも知ってるからじゃ。わしは『パパは何でも知っている』のパパよりも…コラ!待たんか!」
聞くに値せぬ。ポンセはくるりと踵を返すと部屋を出ようとした。背後から総統閣下の罵声が飛ぶ。
「ポンセ、お前がなぜ勝てぬか教えてやろう。お前には政治力がないのじゃ!言っておくがわしはトロピコで散々政治力というものを学んで…」
総統閣下の声は扉が閉まると同時にかき消された。

もはや定見なき独裁者に構ってる暇はない。黒猫ポンセは足早に自宅へと向かった。ポンセはもうぎ印ドイツ帝国の命運には興味がなかった。彼には彼のための新しい歴史が待っているのである。

7月17日、ベルリンに温存していた部隊を総動員してスイスへとなだれ込んだぎ印ドイツ帝国軍は、2週間のうちに同国を陥落、そして併合した。

ぎ印ドイツ帝国軍がスイスへ攻め入った同じ日、黒猫ポンセの歴史は1936年の半ばを迎えつつあった。彼の戦いは既にはじまっていたのである。

つづく。

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