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改訂版・世界駄目駄目紳士録:スーパー民主主義大統領~アレクサンドル・ルカシェンコ  

lukaandhitler.jpgわしがアドルフ・ヒトラーに似ておるとか抜かす輩がおってけしからん。実にけしからん。いったいわしのどこがヒトラーに似ていると言うんじゃ。まるで他人じゃ。似ても似つかんじゃろうが。

luka-hitler2.jpgまあ、怪しいヒゲや直情的なポーズが似ていると言われればそうなのかも知れんが、仮に千歩譲ってわしとヒトラーが似ているとしてもだな、それは向こうが真似したんじゃ。ヒトラーがわしに似ているだけなんじゃ。逆なんじゃ。勘違いされては困るんじゃ。

Donaldandhitler.jpgつーかわしなんぞよりドナルド・サザーランドの方がよっぽどヒトラーに似とるわい。ブルーノ・ガンツよりもそっくりじゃ。なのになぜそれは誰も言わんのじゃコラ。

lukaticket.jpg申し遅れた。わしの名はルカシェンコ。アレクサンドル・グリゴリェヴィチ・ルカシェンコ。ベラルーシ共和国の大統領じゃ。しかも3期13年間も大統領の座に君臨しておる。つまりわしはとーっても偉いんじゃ。ベラルーシでいちばん偉いんじゃ。生きながらにして既に切手になってしまうほど偉いんじゃ。
何?その切手化は誰の指示か?馬鹿なことを聞くでない。もちろんわしの指示に決まっておろうが。他に誰がいるんじゃ。大統領はわしじゃ。偉いのはわしひとりだけなんじゃ。だからわしが全部決めるんじゃ。それで万事うまくいくんじゃ。
何?それでは独裁?何を馬鹿なことを言っとるか。あのな、よその国で問題が多いのはだな、みんなで物事を決めようとするからなんじゃ。だからみんな好き放題言いおって決まるものも決まらんのじゃ。お前ら少しはわしのやり方を見習え。すべてわしが決定し、他の者は黙ってそれに従う。たったそれだけじゃ。なーんの問題も起きん。わしが決めてわしはハッピー、みんなはアンハッピー。いったい何の不満があるんか。わしのやり方のどこが独裁だと言うんじゃ。あのな、わしは民主主義者なんじゃ。スーパー民主主義者なんじゃコラ。

lukashenko1.jpgそんなスーパー民主主義者のわしの偉大なる経歴でも語ってやろう。
わしは1954年8月30日、旧ソビエト連邦白ロシア共和国ヴィテブスク州オルシャンスク地区のコプイシ村で生まれた。貧乏な農村じゃ。人がいなくて動物と植物ばかりじゃ。ナチュラル僻地じゃ。
わしの出生は不明な点があるとか抜かす奴もおるが大きなお世話じゃ。親父がアル中のジプシーらしくて、わしが物心付かんうちにいなくなったというぐらいじゃ。それだけじゃ。しかしまあ、わしの言葉は「トラシャンカ」、要するにベラルーシ語、ロシア語、ウクライナ語、ポーランド語がごちゃ混ぜになった言語なもんでな、そのあたりで出生の胡散臭さを感じる者もおるのかも知れん。どっちにしても大きなお世話なんじゃコラ。

belmap.jpgところでお前らはベラルーシ共和国のことは知っとるか?
ベラルーシは昔な、「白ロシア(ベロルシア)」なんぞと呼ばれておった。なんで“白”かと言うとだな、たまに馬鹿者めが「雪深いから」とか「人が色白だから」とか言っとるが、ぜんぜん違うんじゃコラ。あのな、ベラルーシにはな、何もないんじゃ。取り柄がないんじゃ。あるのは役立たずの湿地帯ばっかで、何の資源的価値も利用価値もないんじゃ。だから「何もない空白な地」という意味で、“白”と付けられたんじゃ。ひどすぎる。わしの国は欧州のアウターゾーンか。ミステリーゾーンか。トワイライトゾーンか。大きなお世話じゃ。
とはいえ、そんなベラルーシ共和国の首都ミンスクは一応CIS(独立国家共同体)の首都でもあるんじゃな。はっはっはっは。がしかし、それだけなんじゃ。一応の首都というだけなんじゃ。その事実は何の役にも立たんのじゃコラ。

さて、話を戻そう。
中等教育を終えたわしはモギリョフ教育大学歴史学部に入学する。基本的に頭の悪いわしは気合と努力でそれを補ったんじゃ。わしは努力家なんじゃ。学生時代はコムソモール(共産主義青年同盟)のリーダーや学生新聞の編集なんかもやっとった。
1975年に卒業後、そして兵役。まあ時代が時代だけに当然じゃ。わしはブレストの国境警備隊駐屯地の示威(デモンストレーション専門)部隊に配属されてな、1977年までブレスト軍政治指導員をやっとった。
退役後はモギリョフ州シクロフヴスク地区のズナーニエ、すなわち「知識普及(イデオロギー)協会」の書記兼講師になった。労働者相手に熱弁&大演説の毎日じゃ。この時の経験は今に活きておる。lukashenko_army.jpgわしは1979年に晴れて共産党員になったわけだが、その頃また軍に再召集されてな。今度はミンスクの第120近衛自動車化狙撃師団の副司令官(政治部長代理)じゃ。さらに翌年から1982年まではモギリョフ州戦車中隊副司令官じゃ。わしは軍では中途半端に偉かったんじゃ。うわっはっはっは。
この軍務の合間を縫ってな、努力家のわしはベラルーシ農業アカデミー経済学部の通信科で学びはじめた。そんなわしを地区党委員会の書記が注目しておったんじゃな。農業アカデミーを修了後、わしはモギリョフ州シクロフヴスク地区のソフホーズ(国営農場)「ゴロデツ」の支配人を任されたんじゃ。1982年のことじゃ。
lukashenko4.jpgわしは支配人としては優秀じゃった。客人にはおもてなし、農民には容赦なし。わしは堕落は認めん。盗んだり飲み過ぎたり悪さをしたりは許さんのじゃ。制裁じゃ。鉄拳制裁じゃ。グーパンチで制裁なんじゃ。
そんなパワーマンなわしはやはり認められてな、翌年にはモギリョフ州シクロヴスク地区建材コンビナート副社長にもなった。さらに1985年からは「ゴロデツ」の“レーニン”書記、その勢いで1987年からは同地区のソフホーズ(集団農場)の支配人にもなったんじゃ。
で、成り上がりの下地は整ったところで1989年の共和国最高会議選挙に出馬、そして当選じゃ。

議員時代のわしは汚職追及で名を上げてな。なので1993年からは最高議会汚職対策委員会の議長に就任する。わしは「マフィアと戦う男」と評判だったんじゃ。ただしわしの汚職追及というのはほとんどがどうでもいいようなネタだったり、ろくろく証拠もないものだったわけだが、それは内緒じゃ。誰にも言ってはいかん。しかし根拠がないにせよ、わしの“正義の闘士”のイメージは翌年の大統領選挙にも大いに役立ったんじゃ。だーっはっはっは。
大統領選では「工場を半年で再生」、「1年で汚職を駆逐」、「全国民に生活を保証」といった大衆迎合の公約も受けた。お陰でケービチ首相を破って80%の得票率で圧勝じゃ。まあ実際はKGB(国家保安委員会)の暗躍の賜物だったわけだが、もちろんこれも内緒じゃ。誰にも言うでない。
lukashenko2.jpgさて、念願の大統領になったわしは当然ながら権限の強化にご執心。あたり前じゃ。このままではわしの任期はたった2年で終わってしまうんじゃ。ということで、1996年に強引に国民投票を敢行、大統領権限を大幅に拡大。ついでに大統領任期をさらに5年に延長。それを憲法違反だ何だと騒いだ輩もおったが、わしには通用せん。そんな輩は逮捕して牢獄にブチ込んでやったわ。
欧米諸国もわしが民主化から退行してるだの強権政治だのとうるさい。大きなお世話じゃ。わしが「ヨーロッパ最後の独裁者」だと?何を抜かすか。わしは「ヨーロッパ初のスーパー民主主義者」じゃコラ。
その頃から内部にもごちゃごちゃ言いおる輩も出始めた。チギリ首相はわしの最高会議の強制解散に反対しおってからに、経済破綻の責任押し付けてクビじゃ。そこで大人しくしてればよいものをチギリめ、大統領選挙に立候補しようなどと企ておった。生意気なんじゃ。だから銀行時代の汚職をでっち上げて逮捕してやったわ。
ザハレンコ内相はわしの政敵への弾圧が汚いだのと抜かしおった。何を言うか。無礼千万もいいとこじゃ。わしはな、きれい好きなんじゃ。汚い弾圧なんぞしとらんわい。手段を選ばんだけじゃコラ。こいつも当然更迭してやったわ。
ヴィンニコワ中央銀行総裁はわしの財政・金融政策にケチつけおった。あのな、わしは大統領じゃ。いちばん偉いんじゃ。経済なんか知らんわい。これもクビじゃ。クビのついでにループ訴追してやるんじゃ。
さらにはチヒニャ憲法裁長官もカピタン検事総長もごちゃごちゃごちゃごちゃうるさいんじゃ。みーんな更迭じゃコラ。
Belarusdemo2.jpg国民もなんだかごちゃごちゃうるさくなりおった。1999年にはミンスクでわしへの抗議デモで民衆どもが2万人も集まりおった。お前らうるさいんじゃ。治安部隊に弾圧させて首謀者ども牢獄にブチ込んでやったわ。
2001年、わしの任期が切れる年になってしまったんで、しょうがないからわしは大統領選挙やってやったんじゃ。そしたらまた民衆どもめが騒ぎおって派手にデモ活動なんぞやりおったんじゃ。学習能力ないんか馬鹿め。またブチ込んでやったわ。朝日みたいなうるさい新聞社は銀行口座を凍結して輪転機も差し押さえじゃ。わしは「言論の自由」は認めん。わしが認めるのは「言論の不自由」と「わしの言論の自由」だけなんじゃコラ。
lukashenko-tea.jpgで、選挙の結果はどうなったかというとだな、75%の得票率でわしの圧勝じゃ。わしの完全なる勝利じゃ。なのに、OSCE(欧州安全保障協力機構)の選挙監視団の連中は「この大統領選挙は欧州の基準には満たない」なんて難癖つけおった。あのな、ここはベラルーシじゃ。わし国家なんじゃ。欧州の基準なんぞ知らんわい。わしの基準を満たしてれば何も問題はないんじゃコラ。この選挙はな、わしスタンダードに基づくスーパー民主主義の精神に則って行われたんじゃ。その結果わしが大統領に選ばれたんじゃ。何か文句あるんかコラ。

かくして、わし政権はまったく何の問題もなく継続されることになったんじゃ。スーパー民主主義万歳!

lukashenko3.jpg2004年、わしは憲法の「3選禁止条項」とかいう余計な条項を撤廃してやった。憲法がわしに制限かける正当な根拠はどこにもないんじゃ。わしは人は法の下にあるべきものと考えておる。しかしその法はわしの下にあるべきなんじゃ。なぜわしがそこまで言い切れるかというとだな、それはわしが偉いからじゃ。生きながらにして切手になってしまうほど偉いからなんじゃ。
いずれにせよ、これでわし政権3選目への扉は開かれたわけじゃ。クックックック。
そんでもって2006年、またまたわしスタンダードに基づくスーパー民主主義の精神に則って執り行われた正当な選挙の結果、わしは見事3選目を果たしたんじゃ。わし万歳!
この選挙の経過については北海の黒猫めがこと細かにレポートしてるんでそっちを読め。わしは何も言わん。ただ、いくつか気になることはある。「ジョージ・ソロス」ってイスラエル産の食い物け?「集会」って何味で?や、や、「野党」って、う、う、うめえのか?
ちなみにこの北海の黒猫めはmixiでの写真にわしの顔を無断で採用するナイスガイじゃ。

ところで、そんなわしは対外的にはどうなのか。教えてやろう。
わしの外交スタンスというのはだな、ずっとロシア寄りじゃ。一貫して親露じゃ。ロシアが大好きなんじゃ。だからベラルーシとロシアと統合話まで持ち掛けたことがあるんじゃ。
わしは時のロシア共和国大統領ボリス・エリツィンと仲が良くてな。その頃にベラルーシとロシアの「統合プロセス」を進めてたんじゃ。順当に逝けば1996年に「主権国家共同体条約」、1997年に「連合条約」、「連合憲章」、1999年に「連合国家創設条約(統合プロセスの具体化の推進)」、2005年に「ロシアとの単一通貨導入」の予定だったんじゃ。予定では。予定ではな!
putin-luka6.jpgところがロシアの大統領がウラジミール・プーチンめになってから、ガクっと雲行きが怪しくなってしまったんじゃ。プーチンめはわしを冷たくあしらうんじゃ。「ソ連邦のような国家は不要」だとか、「ロシアがベラルーシを吸収する形で連邦国家を構築」とか、「燃料・エネルギー供給に関しては大統領同士で話をする問題ではない」とか、許せんことばっかり言いよるんじゃ。プーチンめは禿のくせに生意気なんじゃ。中途半端な薄ら禿しおってからに。何でわしのように力の限り禿げんのじゃコラ。
Putin-Luka.jpgそれにしてもだ、なんでプーチンはわしと話をする時はいつも嫌そうな顔をするんか。そんなにわしのことが嫌いか。お互い様じゃ。わしもお前が嫌いじゃ。だから2002年、奴が連邦国家不要論なんぞをブチ上げた時はケンカしてやったわ。わしはモスクワ訪問を高らかにドタキャンして煽ってやったんじゃ。そしたら向こうはパイプラインの国有化宣言なんぞで対抗しおった。生意気なんじゃ禿。
というか、わしの統合を推し進めた真の狙いは「ロシア・ベラルーシ連邦国家」の最高国家評議会議長、要するに統合国家の大統領の座で、そのついでにガタガタのベラルーシ経済をロシアに預けてチャラにしちゃおうというわけなんだが、どうやらそれがミエミエで反感食らったらしいんじゃな。
それにしたってこの偉いわしがベラルーシとロシアまとめて統治してやろうというのにだ、お前らいったい何が気に入らんのか。理解に苦しむ。

じゃええわい。わしがロシアにそっぽ向いたらどうなるか教えてやるんじゃ。
ということで同年の11月、チェコのプラハで開催されたNATO(北大西洋条約機構)の首脳会議に逝こうとしたわけだが、チェコ政府めからビザを拒否されてしまった。「ベラルーシは人権を遵守せず、大統領が要求した滞在先のホテルの特別警備は許容範囲を超えている」だと?生意気なんじゃコラ。わしは国交断絶を示唆して、「ビザを出さねばポーランドやラトビアとの国境警備を緩め、不法移民や麻薬の流出を図る」と脅してやったわ。
その件を恨まれたのか、直後のベルギーのブリュッセルでのEU(欧州連合)外相会議では、わしと7人の大臣のEU諸国への入国不許可を決めおった。なんじゃそれは。これでわしはヨーロッパの国はどこへも逝けんようになってしまったわい。さらに追い討ちをかけるように、アメリカまでもがわしに入国ビザを発給しない決定を下しおったんじゃ。いったいどうする気じゃ。結局わしはロシアしか逝けんのかコラ。
putin-luka2.jpgしょうがないんでわしはまたロシアにすり寄ることにしたわけだが、やっぱりプーチンが気に入らんのじゃ。わしはロシアは大好きだがプーチンは嫌いなんじゃ。向こうも多分わしのことが嫌いじゃ。嫌い嫌い同士ではいつかは揉めるがその運命。去年の秋、とうとうわしはロシアと戦争に突入したんじゃ。
といってもな、武力衝突ではない。「エネルギー戦争」じゃ。
わしの国をはじめ、旧ソ連諸国の多くは石油やガスなんかの供給をロシアから受けておる。わしとプーチンとの関係はともかく、国家的にはロシアとベラルーシは兄弟に等しいので、わしの国は最安値でエネル源の供給を受けていたんじゃ。
ところがわしの態度が気に入らんのか、ロシアめは天然ガスの価格を約2倍(100ドル)に引き上げ、石油に輸出関税をかけるとか言いよったんじゃ。わしは頭にきた。なので対抗措置としてベラルーシを通る欧州向けの石油パイプラインの通過料を徴収すると詰めてやったんじゃ。これでまあ戦争の勝機は見えずとも、少なくとも膠着には持ち込めるとわしは踏んだわけだが、恐るべしプーチン。奴は石油パイプラインへの供給そのものを停止しおったんじゃ。殺す気か。そんなことされたらわしはバンザイするしかありゃせんじゃろうが。
結局わしは折れてロシアの言いなりじゃ。「エネルギー戦争」はわしの負けじゃ。すべてはプーチンめのせいじゃ。
しかしプーチンもさることながら、この件で激しく許し難いのは欧米どもめじゃ。今回と同様にウクライナがロシアに詰められた折は、奴らウクライナをわが事のように同情し救いの手を差し伸べんとしたのに、わしの時はなんで何も言ってくれんのじゃ。救いの小指すら見えんかったわ。もうええわい。お前らみんなみんなわしの敵じゃ。
だからわしはもう欧米どもなんか相手にしてやらんのじゃ。わしの今の友人は反米精神高らかなベネズエラのチャベス大統領じゃ。核大好きイランのアフマディネジャド大統領もわしの心の友じゃ。彼とは去年の11月、テヘランでがっちり握手してやったわ。うむ。こうなったらもうキューバのスカトロもといカストロ議長や、ニカラグアのマッシュもといガイアもといオルテガ大統領も取り込んで、飛び石反米インターナショナルでも結成してやるんじゃ。ぐわーっはっはっは。

あ、アメリカで思い出した。
アメリカめが2005年、無断でわしの国を「暴政の残存国家(Outposts of Tyranny)」に指名しおったんじゃ。いったい何のつもりじゃい。気に食わんのじゃコラ。
わしがいったい何をしたと言うんか。兵器を輸出してるだけじゃ。それがたまたまテロリストの手に渡ってるというだけじゃ。あるいはたまたまコロンビアの麻薬組織の手に渡ってるというだけじゃ。わしは需要と供給の関係を相手を選ばず実践してるだけに過ぎん。供給先が怪しいのは要するに運じゃ。すべてたまたまなんじゃ。
かつてイラクにSA-3対空ミサイルを売っぱらってたから何だと言うんじゃ。イラクが欲しいと言うから優しいわしは適正な価格で売ってやっただけじゃ。わしがやったのはそこまでじゃ。何の不正もしとらんわ。フセインがアレをどう使おうとわしは関係ないわい。しかもフセインはもうこの世におらん。いったい何が気に入らんのじゃ。
それともマネー・ロンダリングの件か?それだって何が悪いのかさっぱりわからん。金を洗ってるだけじゃ。汚れた金きれいにして何が悪いんか。金の出所が犯罪組織だろうと麻薬組織だろうと知らんわ。金は金なんじゃ。わしはきれい好きなんじゃコラ。
luka0.jpgあとはわしが人権弾圧やっとるとかいう話か?弾圧なんぞやっとらんわ。わしはわしに反対する輩を投獄したり権利剥奪したり亡命に追い込んだり行方不明にしたりしてるぐらいじゃ。ほかはなーんもしとらん。
何?それが弾圧?言っておくがな、わしは直接手を下したことなんか一度たりともないわい。わしはボソッと命令するだけなんじゃ。そうするとな、わしの気に入らん奴が目の前から消えるんじゃ。それだけの話なんじゃ。
要するに、わしはわしのやりたいようにやってるだけなんじゃ。スーパー民主主義においてはそれはあたり前の話なんじゃ。

だってわし、独裁者だもの。

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コメント

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禿+髭×独裁

コレ最強。

世界一キュートなバーコードハゲ

ほんと、何度見ても面白い

何回見ても・・・

何回見てもこの禿げの紹介記事はおもしれえw

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