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80円 

その冷たい北風は、路傍に打ち捨てられたガムの包み紙をおもむろに持ち上げるのだった。静かな余生を突如乱された包み紙はカサカサと小さく渦巻きながら私の足元を通り過ぎ、やがて側溝の泥の中へとその身を沈め、自らの意思とは裏腹な旅路の終焉を迎えた。気まぐれな北風に翻弄された包み紙の命運をぼんやりと見届けた私は、首筋を縮ませながら再び歩を進めるのである。
今、私は過去へと続く道をゆっくりと歩んでいる。目指す答え、求める解答がその先にあるという保障はどこにもない。むしろそこに何かあることを期待する方が図々しいというものだろう。現実とは厳しい。実に厳しい。それもわかっている。しかしそれでも私はその道を辿ることを決意したのである。
私は確かめたかったのだ。その結果が惨めであろうことはおおよそ想像がつく。しかし私は納得したいのだ。このつぶらな瞳で確かめ、今そこにある現実を受け容れたい、ただそれだけなのである。
とはいえ、私は強い人間ではない。駄目元で逝ってみようというこの断固たる意志の裏側で、一縷の望み、淡い期待を心の奥底で静かに漂わせている私もまた存在する。いかな厳しい現状がそこに待ち受けようとも、それでも「もしかしたら」という一筋の光明にすがる私がここにいるのである。
あるいは、私が過去への旅路を選んだ本当の理由というのはそこにあったのかも知れない。路駐のデミオの窓ガラスが、かすかな残り火に再び火が灯らんことを切に願うもうひとりの私を映し出す。己が内面に宿るその脆弱さと向き合わされた私は、ポケットの鍵束を強く握り締め、そのひんやりとした金属感に戒めを求めるのである。
冷たい北風が私の頬を打つ。乱れたヘアーもそのままに、私は風に抗いながらひたすら約束の地へと向かっていた。人は未来にその目を向けなければならない。明日という日のために今この瞬間を生きるべきなのだ。後悔は過去への反省であり、失敗は未来への糧と昇華するのである。迎える現実がどうであろうとも、その結果はこれからの私の礎となろう。だからこそ私は逝かねばならないのだ。
そんな私の綱紀粛正を、約束の地、すなわちサントリーの自動販売機は冷ややかに見つめるのであった。私も冷ややかに自販機を見つめ返し、それからお釣りを取り忘れたはずの小口に手を伸ばした。小口のプラスチック製の透明なフタが、既に答えを明快に教えていたのだが、それでも念のため手を突っ込んでみるのは貧しさゆえの浅ましさにほかならない。
私が手にすべきだった釣り銭は、既にどこぞへと消えていた。近くで遊んでる小僧どもめが大変怪しいのだが、彼らが取ったという証拠はないし、聞いたところで返ってくる保障はどこにもないし、そこにあった80円を捜してるのだと詰める大人も如何なものか。小銭惜しんで戻ってきた貧乏性の分際で、妙なとこで紳士たらんとする私自身が憎たらしい。
結局、糞寒い中わざわざ自販機まで歩いた上に、肝心の小銭回収も成せなかった私はこう言うしかないのである。

キエーーーーーーーーーー!!

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コメント

私はな、悔しかったのだよ。

80円を哂う者は80円に泣くというからね。
寒い中お疲れさんw

ご愁傷さまだな・・www

貧しきかな、貧しきかな・・

俺も最近その他雑酒②の貧乏人です。

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